第26章 兵長のおまじない
コトン、コトンと拭き終わったものから筆立てに入れていく。その音に、窓際のイスに腰掛けていた兵長が、膝に乗せた本からふと目を上げた。
「随分と入念だな」
言葉少なにそう言った兵長の顔は、日だまりの中にいるせいかとても穏やかに見えた。
そう言えばいつからだろう。兵長はよくこういう表情をされるようになった。
出会ったばかりの頃は、眉間にシワを寄せていつも不機嫌そうな顔をされていたので、私はそれが怖くて緊張したりもしたものだ。
だけど今は、「笑う」まではいかないにしても、それに近い表情をされることも増えてきたように思う。
「そうですか?…明日は少し遠い拠点を目指すので、緊張しているのかもしれません」
私は思っていることを素直に吐露した。
これも、気がついたらいつの間にかそうなっていた。緊張せずに、兵長と自然に話せるようになっていた。何がきっかけなのかは自分でもはっきりとは分からない。
…きっと、何かをきっかけにいきなり変わったのではないのだろう。
兵長は、いつもアトリエに来てくださるのはもちろん、私の外出に付き添ってくれたり、食事に連れて行ってくれたり、そして何より壁外調査の時に言い尽くせないほど面倒を見て下さっている。
その過程の中で徐々に兵長との関係性も出来てきたのだと思う。