第6章 松田が安室を冷やかしに来た話
「お待たせいたしました、紅茶とアップルパイです」
「あの、安室さん、私アイスティーを……」
「さんがすぐに飲めるように少し冷ましてます。今日は寒いし、温かいものを飲んだ方がいいよ」
「ブハッ」
「……ありがとうございます」
ウインクした安室さんはこの際スルーしようと、私はまだほんのり温かい紅茶とキラキラに輝くアップルパイに全神経を集中させた。
なぜか爆笑している松田刑事なんて知らないし、その松田刑事にすかさず鋭い視線を刺し通す安室さんなどもちろん知らない。見なければ知らないも同然だ。知らない。本当に。
寒かったから少し温かい紅茶、嬉しい。
「ホットコーヒーです」
ダァン‼︎とアップルパイの少し先に並々に入ったコーヒーが叩きつけられる。店内には私たち以外客はいなかったので幸い注目の的にならずには済んだが、ソーサーや周りのテーブルに飛び散ったコーヒーが悲惨である。ミシッと軋んだ音もした気がする。もちろん、気がするだけで、私自身は見てないので絶対に気がするだけだ。
アップルパイおいしそう。
「おーおー大丈夫か安室サン」
「申し訳ありません、手が滑りました。今おしぼり持ってきますね。あ、さん紅茶いかがですか?」
「こうちゃおいしい」
「それは良かった、ごゆっくりどうぞ」
棒読みの安室さんの声が死刑宣告に聞こえた。
「だとよ、ゆっくりお喋りしよーな、ちゃん」
「もうやだお家帰りたい」
fin.