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【短編集】慟哭のファンタジア【HQ】【裏】

第9章 梅雨入りの午後(東峰旭)


その梅雨は、やけに雨が多かった。
学校の中庭に面している休憩所は自販機が多くてありがたい。
とは言ってもいつも飲んでいるものしか買わないわけなのだが。
今日も雨宿りがてら小銭を入れて、下に着地するペットボトルを待った。
ベンチで手入れされた紫陽花と雨を眺め、こんな日も悪くはないな、と思っていた。
その時に初めて出会ったのが、その娘だった。
憂いに満ちた顔は雨の精かと思うくらいで。
しなやかな髪と手先が印象的な娘で。
ああ、一目惚れってこういうヤツなのかな。
なんて考える。
俺が声を掛けたところで脅かすだけだし、何かを話す自信もない。
そのまま静かに、気付かない振りをした。
しとしとと土や葉にあたる雨の音が、心地いい。
母親の胎内と同じ環境音だというのも納得がいく音だ。
彼女はその間、微動だにせず、ひたすら俯いて物思いに耽っている。
「先生、呼んでるよ」
他の生徒に言われ、その娘は立ち上がった。
ふわっとシトラスのような、爽やかな香りが舞う。
忘れられないくらい印象的な出来事で、でもそれを上手く言えなくて、もやもやしたままその日は帰った。

同じ学年じゃないのはなんとなくわかるが、後輩のしかも女子を把握するほど俺のコミュニティは広いわけもなく。
やっと復帰できた部活の後輩たちに少しだけ、遠回りに聞いてみようとした。
「なんなんスか?ナンパっスか?」
案の定なリアクションに戸惑う。
2年の後輩は自分とは異色すぎて、会話が上手く合わない。
「ナンパ…じゃない、と思う…」
「いやいや、旭さんにそんな勇気ないっしょ」
(聞こえてるんだけど…)
「止めた方がいいッスよ、は」
「……?」
「悪い噂が多いっつーか。
先生に媚び売って成績良くして貰ってるとか、部活だってなんか悪いことして大会出てるとか。
兎に角そういう噂が絶えないんスよ」
あんな真面目そうな娘が?
と疑問に思うが、それは自分に大きく戻ってくるブーメランだった。
それでもあの中庭で見た姿はそんな風には思えなかった。
雨のよく似合う憂いに、その繊細そうな雰囲気が引き立っていて、見ていると目を奪われる。
その時の情景を何度となく思い出す。
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