第11章 スタートライン
❁❁❁ 小鳥遊音晴side ❁❁❁
ひとまず車の中で愛聖さんを落ち着かせてから、然るべき場所へ手続きをしたのは当然のことではあるけど。
届け出をするには、いつ、誰に、どこで、どんな風に、何をされたのか?
そういった事も話さなければならず、その為に用意された部屋で愛聖さんが少しずつ話す内容に耳を塞ぎたくなる思いで立ち会った。
あの時。
少し待っててなど言わずに、僕が側にいたら。
あの時。
変な気を回さずに、愛聖さんも一緒に話し合いの場に連れて行っていれば。
こんな事にはならなかったかも知れないのに。
そんな後悔の念ばかりが浮かんでは沈んで行く。
仕事柄、その日その場で初めて顔を合わせる人間に案内される事が多い場所。
その為に、知らない顔の人間が迎えに来ても、なんの疑いも持たずに案内されるままに着いて行ってしまうのは、別に愛聖さんだけではない。
長いこと業界で仕事をしていると、上の人間は顔も名前も知った人間ばかりだから気にはしないけど。
新人を含めたスタッフのひとりひとりの顔や名前までは瞬時に把握出来ない。
これからは、そういった部分も含めて僕ももっとしっかりと視野を広げて行かなければ···また、こんな事が起こらないためにも必要だ。
特に、愛聖さんに関しては···並々ならぬ事情があるから。
当の本人は何も知らなくても、僕は···知ってしまっているからね。
八乙女との約束で、それを告げる事はないとしても。
···八乙女、か。
楽くんを初めとするTRIGGERのメンバーにもお世話になっているし。
マネージャーでもある姉鷺さんから、きっと何かしらの報告が八乙女には入っているだろう事は···今も胸ポケットで振動を続ける着信からも容易に分かる。
最初にその振動が来た時に、万理くんかと思って画面を覗き見た時。
そこにあったのは、八乙女の名前だったから。
このタイミングで、しかも何度も電話を掛けてくるなんて···今回の件に関しての事だろう。
用事が終わったら僕から掛け直すのは当然の事だけど、既にその頃には眉間に深い深い溝が刻まれて不機嫌そのものの鬼となっている事を予想すると大きなため息しか出ない。
怒りの勢いで、愛聖さんを返せと言い出すかも知れない。