第1章 駆ける兎の話
食卓で米や野菜、肉を食べながら、私を見てひそひそ囁き交わし、含み笑いする姉妹。慣れてしまって考える事もしなかったけれど、彼女たちは嘲笑する土に養われているのに気付いてないのだろうか。
それに、もしかして私は凄く間違って来たんじゃないかな?
土の者だからって嘲笑われるのに慣れてしまうだなんてそんな諦め方、私が一番土を馬鹿にしている。胸を張ったらいいんだ。あなたたちは私の国に生かされてるのよって。
誰かとこんな話をしてみたかった。でも、そうしたいと思う人たちはもう私の近くに居ない。
先生、狼娘、沈梅。
なら後は誰と話したいだろう。
寝台に横たわり、雨音に耳を澄まして暗がりの天蓋を見上げて考える。
…知香…?
今までなら思いもしなかったけれど、七姐誕で漏らした知香の本音に触れて、知香と話してみたくなった。知香は知香で知香に変わりないけれど、でも、私の見ていた知香と、本当の知香は違ったような気がする。その違いを匂わせる尻尾が、捕まえてみろとばかりに目の前でふらふら揺れている。
でもそれを捕まえるのは今じゃない。
知香と深く話すのは、私が知香と同じくらい自分の事を考えてみてから。
それはきっと、土に帰ってからの事になると思う。
寝返りをうって目を閉じたら、針金雀児の茂みに佇む人影と知香の手の温もりが浮かんで甦った。据えられなかった私の椅子、貴白の綺麗で怖い声と溜め息を吐いていた沈梅も。
明後日にはここを去るなんて思えない。考え事が多くて、いつまでもこうやってここで思い悩んでいるんじゃないかと思ってしまう。
勿論、そんな訳ない。
沈梅じゃないけど溜め息が出た。
次の日は一日雨。
知香が女官を締め出して、土へ帰る支度を手伝ってくれた。
「兎速は綺麗好きなのね」
あっと言う間に片付いた室を見回して、知香が感心する。今日の知香はいつもの知香だ。おっとり呑気で、目も赤くない。
「私は整頓が苦手なの」
意外だ。知香なんか、凄く綺麗好きな感じがするのに。
「私は持ち物が少ないだけ。綺麗好きな訳じゃないわ」
誕生日や祭事に母親や国から贈られる衣裳や装飾品、化粧品や本、その他様々な嗜好品は、各々の国の豊かさを端的に表す。