第1章 砂漠の月00~70
39
「また明日、晴久」
「おう、気を付けて帰れよ」
市と元就に笑顔を向けて手を振って家に入り、今朝から貼り付けていた笑顔を元に戻す。
「…何やってるんだ俺は」
長年、本当に長年想っていた市が、盟友の元就の想いに応えた。
市も、元就も良い奴だ。それなのに俺はまだ女々しく市を引きずっている
目を瞑ると瞼の裏であの2人の笑顔が映り、無性に、何ていうか。
「情けねえ…」
「何だ、義兄に市姫を取られたか晴久」
「じいさん…何だよ、見てたのか」
「まあな」
前世から、俺の祖父でもある経久は俺と違って頭の回転が良い
情けねえとこばっかり見せてる祖父も、今世は生きてる親父も2人には頭が上がらない
自室に戻ろうと祖父さんを素通りする前に、がしりと頭を掴まれて
「何だよ」
「お前はどこの世でもお前だな」
「ほっとけ」
前の世で義兄は謀神知将と呼ばれたが、俺は普通だった
市は尾張では女神の様に崇められてたし、何もかも俺は劣る
あの2人がくっ付いてお見合いじゃねえか…
だめだ、自分を卑下し過ぎて頭痛くなってきた。
「阿呆め、お前の義兄はお前を蔑ろにするその程度の男だったか?」
「?」
祖父さんに言われた意味が分からず顔を上げてると
家のチャイムが突然鳴った。は?こんな時間に誰だよ
「阿呆!さっさと開けぬか!」
「痛ってえ、は?何で!?」
バンッと玄関のドアを開けた元就に驚いてると、痛烈な蹴りに目を白黒させた。
「経久殿、失礼する」
「おお、今茶を持って行く、上がって行け」
「馬鹿晴久、さっさと行け」
「は!?」
ドカッと俺のベッドに座りながら俺を馬鹿だの阿呆だの言って
その勢いに着いて行けず、何だ何だと思って居ると、べしべし叩く様に頭撫でられるし意味分かんねえ
「…其方を置いては行かぬ、馬鹿義弟め」
「は?」
「晴久、我を殴れ」
「お前、何を」
血迷ったのか?そう思うも目は真剣で。こいつは…
「…ッ!お前が馬鹿かよ」
「フン、これで御相子であろう。気は済んだか」
「まあな」