【刀剣乱舞】不死身審神者が死ぬまでの話【最強男主】
第1章 神の初期刀・前編(加州清光、大和守安定編)
(もしかしたら、何もかも分かってるのかも知れない)
多くの付喪神を束ねる主君のものとは思えないほど、飾り気のない質素な部屋で爪を塗り直してもらいながら、清光はぼんやりとそう思った。聡い彼が傍目から見てもはっきり分かるほどに取り乱している清光に何も声をかけないのは逆に不思議で、何らかの意図をもってそうした態度をとっているのではないかと疑わずにはいられなかった。
清光の小振りな爪に一つ一つ、丁寧に除光液を塗り乾かし、新しい爪紅を乗せていく。淀みなく作業をこなす主の手先を清光は惚けたように見つめた。女人のように滑らかで細長い指。けれどこの華奢にさえ見える両手が刀を握り、大勢の敵をいとも容易く斬り捨ててゆく様を思い起こすと、それはどこか獣の爪にも似た鋭利さと獰猛さを内に秘めているようにも感じられる。
「清光の手はいつも綺麗だね。白くて柔らかくて、私の手入れなど必要ないくらいだ」
自分よりひとまわり小さな臣下の手を揉むように包み込み、緋雨が言う。彼は単純に清光の手の美しさを褒めようとしただけなのだが、清光はまるで突き放されたような気分になって咄嗟に言い返した。
「そ、そんなことない! 必要だもん、手入れ。だから、」
止めないで欲しい。そう続けたかったのに、とんでもない我が侭を言おうとしているような後ろめたさが沸き起こって言葉が尻すぼみになる。言い終われずうなだれてしまった清光の様子を見て、緋雨はどこか困ったような弱い微笑みを返した。
「分かっているよ。そんな顔をしなくても良い」
優しく諭すような口調に唇を噛む。何をしているんだ、主を困らせて。恥ずかしさと情けなさがしもやけのようにじんと目の奥に染み、その痛いような熱さに呼吸が乱れる。それでも緋雨はやはり、何か清光の心中を見抜くようなことを言うでもなく爪紅を塗る作業を淀みなく続けた。