第89章 頬を抓れば、すぐに分かる 参
side.M
「来ちゃった」
そう言って、はにかんでみせるのが文句無しに可愛い。
似合うだろうと思って買った、薄紫色のカットソー。
見立てた通り似合ってて、頬が緩む。
満足して眺めて、それで気付いた。気付いちゃった。
首筋に、ほの赤い跡があるのを。
何故だか顔が強張るのが、自分で分かった。
胸に沸き起こったのは、苛立ちと、焦りのような何かだ。
「ね、智さん。その、首のとこ、どうしたの」
「サトコだって、今は」
「いや、何でキスマーク付けてんの。誰に許したの?」
あぁ、そういえば。
そう言わんばかりの苦笑を、智さんは作った。
偽物だとすぐに分かる笑顔を、オレに向けることなんて無かった。
一時も笑みを絶やさずにいた訳じゃないけど、いつも穏やかだったのに。
オレのこと、しょうがないなって感じで甘やかしてくれるのに。
嘘くさく笑むあなたと、それに苛立つオレ。
ビルの傍、二人で棒立ち。あぁ、何て、滑稽なんだ。
「別にゆるしたんじゃない。ニノが付けたんだし」
「ニノって、友達だって言ってたひとだよね?尚更、おかしいじゃない」
「悪ノリだって。そんなイライラすんなよ」
「だって!智さん、オレのこと好きなんでしょ!?」
みっともなく声を荒げたオレにも、智さんは微笑みを返す。
問いへと首肯し、その上で不思議そうに首をかしげた。
どうしてだ。オレのこと好きなのに。
好きだって言った癖に、何でこんなことしてるの?
智さんが好いているのは、オレだっていうのに。