第5章 終局
早朝のヘルサレムズ・ロットは霧が深い。
「何も見えないですね」
私は未だにちゃんと歩けないので、相変わらず抱っこされた状態でクラウスさんの首筋にしがみつく。
「うむ。早いうちに新しい住居を見つけるとしよう」
考えることが多いのだろう。クラウスさんは少し眉間にしわを寄せてらっしゃる。
仕方あるまい。ここは心温まる話をして、和ませてあげるのが恋人の役目か。
「クラウスさん、ご存じですか?
こんな風に霧の深い夜……とある女性が神社に行きましてね……肝試しですよ。
罰当たりにも賽銭箱を奪おうとしたのです。
赤子をおぶった女性は、賽銭箱を取って村に戻りました。
ですが皆の称賛の中、赤子に乳をやろうとしたら背中が真っ赤に!!
赤子の首はもぎ取られていたということです!!」
するとクラウスさん、重々しくうなずき、
「その女性には実に気の毒なことだ。配信の収益を目当てに、無謀な行動が増える昨今の傾向には、より強く警鐘が鳴らされるべきだろう。
まして凶悪犯罪者が潜伏する治安の悪い現場に赴く場合は、乳幼児の自宅待機は必須である。
女性当人も超強化防弾チョッキと銃火器で武装、出来れば遠隔操作狙撃システムがあることも望ましかった」
「違う! その人、動画配信者じゃないし!! ヘルサレムズ・ロットの話じゃないし!
てかその、クっソ下手くそな返し、ジョークのつもりじゃないですよね、クラウスさん!?」
「カイナ。君は特定の話題の時は、目が生き生きと輝き出すのだな。興味深い」
それ、ツッコミのこと? 私にそんなスキルなど!!
クラウスさんのボケに、私の方が和まされてどうする!
「君が元気になって良かった。コンビニエンスストアがある。あそこで食料と物資を調達していこう」
おおおお!!
街で所持金があるというだけで、逃亡生活の難易度はグッと下がるなあ。
「サーモンサンド買って下さい!」
「取り扱いがあれば購入するとしよう」
クラウスさんは苦笑した。
そして私たちは店に入り――。
「兄ちゃん。女と金と荷物を置いてきな!!」
私たちに一斉に銃口が向けられた。
――十五分後。
クラウスさんはビニール袋片手に、ご機嫌で店を後にする。
私はガレキと化した店内を見ないようにし、クラウスさんにしがみついた……。