第38章 眇の恋心
Side 緑谷出久
「出久くん…本当に来た。」
くるりと振り返ったひよこちゃんは、僕の知らない表情をしていた。
花びらのように、脆く儚い表情。
制服のままだから、ひよこちゃんのスカートとネクタイが波のように揺れている。瞳も、同様に。
「行くよもちろん!約束したし。」
「そうじゃ、なくてね。」
ひよこちゃんは風で乱れた髪を、耳にかけた。
その手は少しだけ、震えていた気がする。
「ずっと、届くことなんてないって思ってたの。」
その小さな声に、僕は少しだけ胸がドキリと飛び上がった。
ひよこちゃんはそのまま続ける。
「伝えたいことが、あって。」
「うん。」
「私、昨日ね。聞いちゃったの。君の個性のこと。」
声が、出なかった。
バレてたつもりなんてなかった。
ひよこちゃんには何も言っていないし、そんな可能性考えたこともなかった。
やってしまったという後悔がただこみ上げて、変な汗が垂れる。
「昨日。2人で……3人で話してる時。私……聞いてたの。」
「…なん…」
絞り出したような変な声でなんとか返答をすると、ひよこちゃんは大きく頭を下げた。
「勝己くんにはもう、伝えたよ。聞いてしまったってこと。オールマイトにも、ごめんなさいって…伝えた。…秘密にしようとしてたことだったのに、出久くんが守ろうとしていたことなのに…破ってしまってごめんなさい。聞いてしまって…本当にごめんなさい。」
必死に、何度も頭を下げるひよこちゃんを見ると、僕の焦りは潮のようにひいていった。こんなに必死な顔で、思い出したのだ。ひよこちゃんの性格を。
もう声は、出る。
「秘密に、してくれるよね?」
「もちろん。」
「…そっ、か。」
僕の声で顔を上げたひよこちゃんは、まだ、知らない顔をしている。
「ほらもう、帰ろう。」
緩んだ顔で笑顔を作っても、ひよこちゃんの表情は変わらない。
「伝えたいこと、まだあるの。」
「ひよこちゃん?」
ひよこちゃんはまだ、真剣だ。
「伝えたいこと、いっぱいいっぱい、あったのに。ほとんど…忘れちゃった。」
「えぇ、」
「でも、一番大切な話はちゃんと覚えてる。」
ほんの一瞬、彼女は止まり、
それから彼女は、大きく息を吸った。
「私、出久くんが好き。」