愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第12章 以毒制毒
澤の手を振り解くことも、何の返答も出来ずにいた僕は、ただひたすらに遠い昔に思いを馳せていた。
両親はいつだって僕の隣で笑っていた。
大きくて、ごつごつとした父様の手…
柔らかで、暖かだった母様の手…
慈愛に満ちた眼差し、愛を囁き合う唇…
そのどれもが、幼い僕にとっては全てであり、宝でもあつた。
なのにあの男は、ただ己の醜い慾望を満たしたいがために全てを奪って行った。
そして澤も…
穢いよ…、皆…
「ねぇ、澤は父様のことを、その…愛していたの?」
「そ、それは…」
核心をつくような翔君の問いに、澤がはっとしたように顔を上げた。
「愛していたからこそ、智の御両親を手にかけた父様を許せなかったの?だから…殺したの?」
「それは違います、坊っちゃま…。坊っちゃまの仰る通り、澤は確かに旦那様をお慕いしておりました。ですがだからと言って、そんな大それた事は…」
澤はそれまで握っていた僕の手を解いて、今度は翔君の手を握ると、年輪を深く刻んだ顔を苦しげに歪ませた。
「じゃあどうして…っ…!どうして父様は殺されなきゃいけなかったの?おれには分からないよ…」
翔君の目から、大粒の涙が幾つも幾つも零れ落ちる。
きっと翔君が抱えている疑問も苦悩も、あの頃…両親を亡くして途方に暮れていた、あの頃の僕が抱えていた物と同じなんだと思うと…胸が締め付けられるみたいに苦しい。
「もういい加減観念したらどうだ?お前は自分が愛人にもなれない、ただ性慾を満たす為の道具のように扱われたことを、長年怨んできた。それでとうとう…」
「違…っ…!」
「何が違うと言うのだ。身体だけを散々弄ばれた挙句、相手にもされなかった腹いせに、父上を…」
白髪混じりの澤の乱れた前髪を鷲掴み、睨め下ろす潤の目の奥に、怒りの焔がめらめらと立ち上った。
いけない、このままでは澤が潤に殺される。
あの男が己の慾だけで父様と母様を手にかけたのは分かった。
でも肝心な、澤があの男を手にかけた理由は、まだ何も分かっちゃいない。
僕は咄嗟に澤と潤の間に割って入ると、澤の髪から潤の手を引き剥がした。