第22章 『衝動』
「私これ初めて食べたんだけど、なんていうの?」
「ずんだ餅、っつってな。奥州ではよく作ってたんだ」
奥州ーーー現代でいえば東北地方。
仙台藩藩主である伊達政宗の故郷だという。
料理なんか使用人に任せればいいのに自ら頻繁に厨に立ち、周りに振る舞っていたそうで。
安土に来てもそれは相変わらずで、今日も御殿で働く者達にこのずんだ餅とやらを配ったらしい。
案外親切な奴だが、
なんとも変わった武将だ。
「虎は飼うわ菓子作りはするわ………
変な男だねー、あんたって」
「変?嬉しい褒め言葉だな」
「………。そこが変なんだって」
けなしてやったのに、逆に喜ぶなんてやっぱりこいつは相当の変わり者だ。
向かい側でけらけらと笑う伊達を訝しげに凝視しながら咀嚼を続けていると、隣で食べていた姉もふっと微笑んで口を開く。
「政宗もね、蓮に負けず劣らずの意外性あるんだよ。
こう見えて筆マメだしお酒弱いし……」
「こう見えて、って、
俺は百合からどう見えてんだよ」
ははは、と和やかに談笑している二人の陰で、蓮の黒い目がキラリと光る。
…………あんだって?
酒が弱い、だと?
おお……こりゃ良いことを聞いた。
私が恥をかいたぶん、奴にもお返ししないとな。
見てろよ、そのうち酔い潰して痴態を晒してやるから。
くくく……と怪しく笑い虎視眈々と報復計画を企む蓮と、会話を楽しむ政宗と百合ーーー
そんな混沌とした時間はあっという間に過ぎていき、
帰り支度を済ませた姉と私は座布団から腰を上げ襖へ向かう。
姉が先頭で廊下へ踏み出し、自分もあとに続いていたのだが。
部屋を出ていく直前、グッと腕を引き寄せられる。
「………またしたくなったらここへ来い」
耳元で小さく囁かれた、密かな誘惑。
先程談笑していた時とは違う青い瞳は艷やかで……
その眼差しは“昨夜”と同じものだった。
ーーー気が向いたらねーーー
まぁたまには遊んでやってもいいか、と思った私はそう軽く言い残し、部屋の外で待たせている姉の元へゆったりと歩いていった。