第20章 動く2
「外さないで下さいよぅ。その布は主様の助けになりますからねぇ。安土への道中はなるべく町や村を抜けて下さいな。その方が早いからねぇ。布がある所はみんな心得てますから、なんでも安心してお使い下さいな」
「いろは屋の息がかかっていると言うことか」
「さあねぇ。ただ、今は味方ですよぅ」
「今だけと言うことか……」
「どうですかねぇ。あたしには分かりませんよぅ。
そうそう、主様のお宿にはうちから知らせておきましょうねぇ。よろしいですかぃ、明智様」
「ほおぅ……知っていたのか」
「いえねぇ、先程届いた文でですよぅ。あたしには相手がどちら様かだなんて、必要ありませんからねぇ。自分の仕事さえ済めばいんですよぅ。
それにしても、安土の武将様は皆いい男だと聞いていましたが、これ程とはねぇ。無理にでも抱いてしまえば良かったですかねぇ。勿体ない勿体ない」
おどけたようにそう笑って見せた女が、俺と視線が合うと、着物を直し居ずまいを正す。すっと呼吸を整えると凛とした声が耳に届く。
「ひいろのこと、お願い申し上げます」
真っ直ぐな瞳が、ひいろのそれと重なる。
「承知した」
静かに頭を下げる女に、そう答え立ち上がる。廊下にでると、女と同じように頭を下げていた小女が顔をあげ立ち上がる。
「ご案内致します」
ゆっくりと歩き出す小女の背中から見え隠れする殺気を感じ、己の腹の底からも沸々と沸き上がる思いに、はたと気がつく。
ひいろは無事なのか……
なぜ、ことねまで……
失う訳にはいかない
失いたくない
答えのない問と焦る気持ちを抑え、用意された馬に乗り月明かりに照らされながら、俺は安土への道を急いだ。