第4章 彩花。
静かな場所だった。
月が時々ふらりと夜の散歩に連れてってくれるのがとてもうれしくて。
寝込む度に不安げにする四人が愛おしくて。幸せな気分になった。
「八千代」
魘されている時、いつも、傍にいる月。
目が覚め汗を拭われる。
「また、ですか?」
「ふふ、少し聞いてほしい話があるんだ。」
「えぇ、どんな話でしょうか」
月は汗ばんだ私の首筋まで吹き上げ微笑む。
「一人の女人の旅の話さ」
微睡むように、ぽそりと呟く。
「真っ黒の髪は美しく、紅く燃えるような瞳の女人は、とある馬鹿な男に出会うんだ。その男はどうも女人を惑わすのが上手いらしい、けれど女人は惑わされず、その馬鹿な男に恋をしたんだ。その女人は特別な力が一度だけ、使えた、その力を彼の今際を見たくて使ってしまったんだ。それが彼女の旅の始めりだった」
優しい声だった。
手ぬぐいを置いてぎゅっと手を握る月。
「男の死を彼女は『防げた』と言い張り、『嫌だ』と子供みたいな駄々をこねたんだ、男はきっと、そんな彼女が好きだったのだろう。とても辛い呪いをかけた。」
「呪い?」
「そう、呪い。人として死ぬ事が出来なくなったんだよ。何度も似たような違う世界を永遠と旅をする事になったんだ。それでも、違う世界のその愚かな男を助けるために旅をし続けたんだ。するとね、何百何千と繰り返すうちに、彼女が譲れない大切なものを一づつ落として行ったんだ」
「おと、す?」
「そう、一づつ、愛していた兄弟、愛していた人、愛していた心、綺麗でいたかった身体、すべてを投げ捨てても、たった一人を救えなかったんだよ」
「⋯悲しい話ですね」
「そう思うかい?⋯そうだね、それでも、たくさん捨ててたくさん失って、すべて失った時、彼女の願いが叶ったんだ。その、死なせないという目的を完璧に」
月が泣いている様に見えて抱きしめた。
「皆に愛されていた彼女は、皆に忘れられ、愛した人に沢山の悲しい言葉を送られた⋯そして、愚かな男からも」
「⋯⋯その人は⋯」
「ちゃんと計画通りに動いたんだよ、その後も、彼女はその男のために」
「⋯なら、悲しい話ではありませんね⋯その方はきっと」
「あぁ、悲しんでいなかったんだよ、少し疲れて全てを背負ってすべてを忘れて、千代、此処に来てくれた」