第10章 彩稼。
知っている香りがした。
懐かしく、心がざわざわする香り。
その方に手を伸ばす。
知っている。ほら、思い出せた。
「戩華⋯もう少しで終わるのよ⋯戩華!」
どうしてそんな怖い顔をしてるの?
「ど、どうして?怒ってるのよ」
眉間をもんでくしゃりと髪の毛を撫でられる。
「浮気者め」
「へ!?」
間抜けな声を上げて目を覚ます。
見慣れぬ部屋。
隣には邵可が居た。
あぁ、邵可の家の前で倒れたのかと。
「ぁ⋯ぅ⋯ぇ⋯⋯⋯ぁ⋯ぅぇ⋯」
窓から不気味な声にふと、見ると困った困った可愛い弟が張り付いていて怖かった。
「邵可、邵可!」
「ん⋯ぁ、姉上⋯体は⋯」
「えぇ、少し楽になりましたよ、それより窓を開けてくれますか?」
はて、窓?と邵可が視線を向けると額を抑えた。
弟が呼吸で窓を白く染めていたから。
「黎深⋯玄関から来なさいといつも⋯あぁ、黄尚書まで⋯全くお前は⋯」
邵可は黎深を叱っているようだが、視線はこちらにあって意味を成していなかった。
通してあげてと言えば、二人を中に入れていた。
身体を起こし水を口にする喉が開かれる感覚に、頭が冴えてきた。
「あ、ぁあ、あの」
「千代様お休みのところ申し訳ございません」
「鳳珠!私より先に挨拶をするな!」
「⋯お前を待っていたら失礼になる」
「どう言う意味だ」
「私はお茶を持ってくるよ」
何だか賑やかで、心が安らいだ。
「姉上、熱にはこれを」
「まぁまぁ!こんなにも」
「私が見繕いしたものですが」
「余計なこと言うな!」
ふと、そんなやりとりを耳にして気がついたのは、黎深の掌だった。
そろりと手をとると、小さな花を掴んでいた。
「あ、姉上これはその⋯そのですね⋯」
「まぁ、可愛らしい花ですね、くださるのですか?」
「いや、あの⋯本当なら⋯もっと⋯」
「黎深が選んでくれた子ですよ、それだけで⋯とても⋯とても嬉しいです」
ふわりと花の香りがするような笑顔に、鳳珠と黎深は固まっていた。
火傷のあともそうだが、それを気にさせない、華やかな笑顔。
そして、優しい瞳。
本に挟んで栞にしていいかしら?と言う姿は妃ではなかった。
黎深の邵可の姉上。