第29章 可愛いアナタ
「でもさぁ、嫌にならない?」
「なにが?」
「課長と一緒に生活してるんだろ?
あんな完璧な人と一緒にいてさ、自分と比べちゃうとかないの?」
そう、今俺と翔ちゃんは諸事情あって翔ちゃんの実家でふたりで暮らしてる。
「ないない…」
「へぇ、そうなんだ。
俺だったら駄目だわぁ。合コンとか行っても全部女の子持ってかれそうで、一緒に飲みにも行けないなぁ」
「そんなことないだろ?人の好みなんてそれぞれだし。
大体課長が女の子全部持ってくなんてないから」
不思議なことに翔ちゃんにはここ数年彼女がいない。いくらでも作れそうなのに。
「確かにな。
なぁ知ってる?今女子社員の中で流行ってること」
「知らないよ、女子社員の流行りなんて」
「櫻井課長に告白することらしい」
「は?何それ?」
「女子が言うには、櫻井課長の断る時の表情が可愛いらしい…
あんなに完璧な人間が本気で申し訳なさそうな顔をするから母性本能を擽られてキュンキュンしちゃうんだってさ。
だから付き合うのが目的じゃなくフラれるのが目的で告白するらしいよ?」
なんだそれ!翔ちゃんは本気で心を痛めてるんだろうに…それをその顔見たさに告白するなんて!
女子ってほんと強かだよなぁ。呆れて何も言えないわ…
「でも想像つかないよな、櫻井課長の可愛い顔なんて」
いや、それについては容易に想像がつく…
だって家での翔ちゃんは会社での翔ちゃんとは全くの別人だから。
だから俺は翔ちゃんと一緒にいても嫌にならないんだ。
誰も知らない翔ちゃんのもうひとつの顔…むしろ俺だけの特権だって思っていたのに。