第5章 glass heart【赤葦京治】
「遥も来る?バーベキュー」
遥はうつ向いて首を横に振った。
「そういうの、行かないって言ってるでしょ…」
気が乗らないのを無理に誘うのも…と思って、いつもは声をかけたりしない。
でも遥のガッカリした顔を見ていたら、つい…。
「…ごめん」
「京治が謝らないでよ」
「そうだね」
「ねぇ…今日、泊まってって?」
そう言いながら、俺の腕に手を絡めてくる遥。
またしばらくは、会えない日々が続く。
寂しそうに見上げてくる顔に、頷いてあげたくなるけれど…。
明日は、職場である美術館の展覧会初日。
現場指揮を任されているから、朝早い。
始発でここを出て一旦家に帰って…
頭の中でどうシミュレーションしてみても、遥のお願いは叶えられそうにない。
「ごめん、今夜は無理だ…。仕事に間に合わない」
「…そっか。わかった」
「ごめん」
「いいの、仕事なら仕方ないもん。謝らないでってば」
寂しそうに笑う遥に後ろ髪を引かれる思いで、俺は彼女の部屋を後にした。
正直、今仕事は忙しい。
就職して数年。任される場面も増えた。
美術館は定期的に催し物が開かれるし、展示物の入れ替えも多い。
プライベートの時間を使って仕事をすることも多い中、今日は久しぶりに遥と会えた。
夏の予定も遥を優先すべきだったんだろうか。
でも、木兎さんは特にいつでも会える人じゃないし…あの人たちとの関係も大切にしたい。
遥は俺の交遊関係に関わろうとはしない性格だ。
その理由もわかってる。
だからこそ、余計に気を配るべきなのか?
木兎さんたちとの関係に距離を置いてまで?
好きだからそばに居たいし、居てあげたい。
だけど、遥の世界はあまりにも俺だけに染まっている気がする。
それを嬉しいと思う反面、それだけの感情では済まされなくもあって…。
ふと、昔を思い出す。
ちょうど中学三年生の今頃だった。
遥が "ただのクラスメイト" から、 "特別な女の子" に変わったのは。
そう言えば、あの頃から遥は時々寂しそうな顔で笑う子だったな…。
外の空気は嫌気が差すほど湿っぽく、いつまでも俺の肌に纏わりついていた。