第12章 【玖】胡蝶&悲鳴嶼(鬼滅/最強最弱な隊士)
「柱の貴重な一日を蔑ろにするなと言いましたけれど、僅かな刻であっても同じ事が言えるんですよ、岩注連さん」
いよいよ日の出の迫った薄明の刻、青の瞬間と呼ばれる美しい冬空の元に溶けて消えゆきそうなほど儚い風体の蟲柱殿が、怒りの気魄を立ち昇らせながら歩み寄ってくる。
さくじつも言い放たれた非難の言葉が耳に痛い。素直に謝罪を口にして頭を下げたが「謝っても刻は戻りませんよ」と一蹴されるきりで取り付く島もなかった。どうしたものかと顎を捻って思案していると、後ろに控えていた天元が俺の肩を引きながら前へ出る。
「胡蝶、名前を詰めんのは勘弁してやれ。冨岡の後を着いて行こうとした此奴を引き留めたのは俺だ」
「そうですか。ところで邸に居た刻から疑問だったんですが、元柱の宇髄さんが何故こちらに?」
天元が矢面に立ってくれたお陰で、蟲柱殿の矛先が一先ず俺から逸れる。それにしても『元』という部分をやたらめったら強調して嫌味を言い放った彼女の顳顬は風柱殿も斯くやな泡立ちを見せており、大層ご立腹な様子だ。なのに微笑みは絶やさないでいるのだから、末恐ろしい。
「おうおう荒れてんねぇ。肩の力抜けって」
「余計なお世話です」
「つうか、継子から何も聞いてないのかよ。俺は餓鬼共の引率よ、引率。あと試合を公平に判断する為に旦那から正式に呼ばれてんの。勝手に柱合会議に参加して此処まで着いてきたと思ってんなら大間違いだからな」
二人の会話を聞いて、つい何時もの調子で「勝手に参加とか最高にヤバいな」と茶々を入れると、蟲達から即座に睨め付けられた。反省の色が見えない様子を咎める下からの視線と『庇ってやったのにふざけんなよ』と眦を引き攣らせる上からの視線である。ごめんて。
(ていうか遅刻すらしてないんだけどなー……)
あれから支度も程々に邸を発った俺達は――痛みが引いたと言っていた筈の天元が猫撫で声で強請るまま唇のみの房中術を繰り返すのに数回立ち止まった事を除けば――修行場までの直線距離を疾風の如く駆け抜けた。文字通りに直線距離をだ。
急勾配に敷かれた紆余曲折を経る緩やかな山道を無視して、真っ直ぐ突き進んで来た。昼間であっても木漏れ日程度しか陽光を通さぬ密度の高い林冠の内部を掻い潜って飛び渡り、時には己の上背ほど有る苔生した厳を八艘飛び宜しく蹴り超える。
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