第10章 【漆】実弥&悲鳴嶼(鬼滅/最強最弱な隊士)
「っ……」
「おっと、危ねェ」
それでも風柱殿には精神的に余裕があるらしく、悲鳴嶼に軽く突き放されたにも関わらず薄笑を止めなかった。心中に唯ならぬ想いを秘めていると分かる不気味な表情である。存念が普段から過激であろう事は否定出来ないけれど。
翠刃が後藤の手へ渡る頃になって漸く気の昂りも落ち着いたようで、空いた両手を衣嚢へ仕舞いつつ、腰へ体重を乗せるように立位した。兎にも角にも黙っていれば精悍な雰囲気を纏っている方であるのに、勿体無いと熟熟思う。
一方で悲鳴嶼は漫ろな気を持て余しているのか、神経質そうに血管を痙攣させていて、俺が見上げた途端に迫力のある相貌をグイッと近付けてきた。己の間合いに引き摺り込むように肘を手繰られていたが、こんなに密着しなくても良いのでは。俺の乱れた鼓動が彼の鳩尾を打ってしまう。相変わらず、覆い被さられると緊張する体質を悟られたくなかった。
「……ッ、」
「今回は被害が無い為に不問とするが、次は無い。あってはならない"次"が起きた場合は、私がお前を斬る事になるだろう」
「……」
「来なさい」
浮ついた俺の事など何処吹く風で、悲鳴嶼はそれきり唇も気心も閉ざした。柱が集結する広間へ連れられるまで終始無言を貫く。追随する風柱殿が何やら話し掛けて来たが、目の前の人を意識する余り、耳に入らない。
「……」
「……、っあ」
歩みを促す目的なのか時折に肘を揺すられると、脚が蹈鞴を踏んで躓いてしまい、廊下の板敷を強く蹴る羽目となる。トト、ドン、トト、ドンという或る意味で規則的な跫音は、感情と不釣り合いな地団駄を踏まされているようで本意と逸れた。直前の恫喝が見事に身体を強ばらせ、気を萎縮させているというのに。地団駄を踏めるほどの余裕など、無いというのに。
(……これなら、女々しい奴でいた方が、良かった)
第漆話 終わり