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【HQ】片翼白鷺物語(カタヨクシラサギモノガタリ)

第2章 君のボールに恋してる


「若利はね、『俺に尽くせないやつはいらない』くらいの傲慢さでいけば良いんだよ」
「……それは主将として、か」
「うん、コートの中でも外でも」
 さあ立って、と右手を差し出す。自分のものより細く頼りなさげなその手を前に牛島はしばし言葉を失っていたが、やがて躊躇いがちに左手を伸ばす。それをしっかりと掴んで朔弥は力強く引き上げた。
 しっかりしろ、牛島若利。握りしめた大きな手に、ありったけの念を込める。
 肌に吸い付くあの鮮やかなボールに初めての恋をして約十年。いつまででも触れていたいと思ったそのボールを、強く気高く美しく相手コートに叩き込む、逞しい手。
 この手にボールを心地よく送ってやることこそが、朔弥の使命であり誇りだった。それはリハビリを続ける今でも変わらず胸を熱くする。

 諦めてなどいない、諦めてなどなるものか。

 例え今はまだ無理だとしても、未来を投げ出す理由にはならない。そして、夢にまで見る栄光のその日は、決して遠くないはずなのだ。
「勝って、若利」
 間近で立つ牛島を見上げた朔弥の瞳が強く煌めく。吸い込まれそうなほど真っ黒なその瞳の中で息を飲む己の姿から、牛島は目が離せなくなっていた。
「期待も羨望も嫉妬も……過去の記憶からも。プレッシャー全部、全部に」
「……全部」
「そう全部。大丈夫だよ、君は強い」
 おれは、つよい。
 口の中で噛んで含んだ言霊を、ゴクリと飲み込む。肩や胸の奥でずっしりと重く存在を主張していた不安という名の塊が、ストンと全部腹の底に収まったような、そんな感覚。
 するりと離れた朔弥の手のひらの熱を残した自身の左手を、じっと牛島は見つめ続けた。

「もう無茶なトレーニングなんてホントやめてよ、身体壊したらどうすんのさ」
 マットを倉庫へ片付けて、二人並んで帰路につく。学生寮までのわずかな距離。外はすっかり夜の色に染まりきっていた。
「む……そこまで無茶はしていない」
「あのね、いくら若利のスタミナとスピードが桁外れだとしてもね、世界記録に迫る全速力で10キロコースとか、しかも超ハードモードな練習後に!」
「偶然信号に一つも捕まらなかっただけだ」
「信号一つも?! いやそれは確かに凄いけど、それだけでそのタイムが出るか!」
「そうか? なら、時計が壊れていたのかもな」
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