第29章 vanilla 〜蒼き焔の行方〜 / 伊達政宗
「政宗」
安土城、舞の部屋の前の廊下。
そこに一人座り込む政宗に、秀吉は声をかけた。
頭の上から、綺麗な着物をほおる。
バサバサと着物が頭から当たっても、政宗は微動だにせず……
秀吉は何も映してない、その瞳を覗き込み、政宗の肩に手を置いた。
「湯を浴びてこい、着物を貸してやる。 そんな血まみれのままじゃ、舞が目を覚ましたら驚くぞ」
『舞』と言う単語に、政宗の肩がびくっと上がる。
ゆっくりとした動きで秀吉を見ると、政宗は秀吉の胸ぐらを痛いくらいに掴んだ。
「舞は、アイツは……っ」
「家康の話だと、今鎮痛薬がよく効いて眠ってるそうだ。 お前が取り乱してどうするんだ、落ち着け!」
秀吉にぴしゃりと叱られ、政宗はゆっくり胸元から手を離した。
その様子を見て、秀吉は静かに話し出す。
「お前が斬ったのは、昨日軍議にも上がった織田家に仇なす族だった。 最近城下を荒らしてる、婦女暴行事件の犯人とも繋がった。 舞は……御館様の妾と勘違いされて、襲われたらしい」
「…………」
「……舞は、すでに犯された後だったよ。 起きた事は、もうどうしようもない、だから……」
『どうしようもない』
そのあまりにも他人事な言い方に、政宗は衝動的に秀吉を殴っていた。
よろけるくらい頬を強く殴られ、秀吉はよたつきながらも倒れるのを堪える。
「舞は……っ、何の罪もないのに、襲われたんだぞ?! あんな暗い路地裏に連れ込まれて、耳を塞ぎたくなるくらいの悲鳴を上げて……っ!」
「政宗……っ」
「俺が、もっとアイツを見ていてやってたら……っ、もっと、俺が…………っ!」
その時、政宗の蒼い瞳から、一筋涙が伝った。
それを見た瞬間、今度は秀吉が政宗を殴っていた。
政宗は勢いで尻もちをついたが、すぐに秀吉に胸ぐらを掴まれて、引き上げられた。
「お前が泣くな! 一番泣きたいのは舞なんだぞ、しっかりしろ! 傷つけられた舞が、今一番頼りにしてるのは、政宗、お前じゃないのか?!」
「……っ!」
「今の舞を癒してやれるのは誰だ?! それは俺でも、御館様でもない……お前だろ、お前しか、いないんだよ……っ! 」