第26章 交差する想い
1度ギュッと目を閉じ、大きく息を吐いて最初の1歩を踏み出すと、紡が俺の袖口を掴んだ。
「紡・・・?」
『約束は・・・忘れたら嫌ですよ?』
あどけなさを残す笑顔で、紡は俺を見上げる。
「あぁ・・・分かってるよ」
紡の気が済むまで、何度だって一緒に行ってやる。
友達としてなら、烏野の主将も文句はないだろ・・・
『行ってらっしゃい、ハジメ先輩』
「・・・あぁ。またな、紡」
紡からの行ってらっしゃいに、胸が苦しくなる。
また明日な・・・って言えない俺を、許してくれるだろうか。
病室を出て、早足で階段を降りる。
エレベーターなんて待っていたら、何度も紡の部屋を・・・振り返ってしまいそうだったから。
また、ここへ来る事が出来るだろうか。
そんな事を考えながら出入口から外へと出た。
・・・紡。
心の中で、そっと名前を呼んでみる。
ー ハジメ先輩・・・ ー
紡・・・?!
紡に呼ばれた気がして、思わず足が止まった。
・・・気のせいか?
いや、でも確かに今・・・
ここから、紡の部屋は見えるだろうか?
何気なく振り返り、確かあの辺りだと目を凝らす。
「ハハッ・・・何やってんだよ、紡は・・・」
窓辺に立つ小さな影は、俺に向けて大きく手を振っている。
ずり落ちて来る鞄を肩に掛け直し、紡に向けて小さく手を振り返すと俺はまた、歩き出した。
背中を押してやるって決めた思いに、僅かな亀裂が入るのを自覚する。
その亀裂は、徐々に長く伸びて行き広がっていく。
奪えるなら、奪ってもいい。
だがそれは、俺1人だけの幸せにしか繋がらない。
紡が・・・笑っていられる日々は、俺には作ってやれない。
少しずつ遠ざかっていく白い建物に比例するように、息苦しさが増していく。
片方だけの幸せなんて、成立しない。
だから俺は、俺なりのやり方で紡の幸せを願ってやるだけしか・・・許されないんだ。
薄紅色に染まっていく空を見上げながら、俺はそっと息を吐いた。