第10章 事の発端①
それから数日後、
アヤセはいつものように
クローズを終えて帰ろうとし、
裏口の扉を開けた。
サァーーーー…
いつから降っていたのであろうか、
柔らかな雨が降りそそいでいた。
「うそ…傘持ってないんだけど…」
アヤセが困っていると、
「入ってけよ。」
どこからともなく声がして、
アヤセはその方向を見ると
シドが傘を差して立っていた。
「え…?まだ帰ってなかったの?」
「ああ。どうせどっかの
ぼけぼけしたバイトが
傘忘れて困るだろうなー
と思ってよ。」
シドはニヤリと片方の口角をあげる。
「ぼけぼけは余計…」
アヤセは少しむくれる。
「で、入ってくだろ?」
アヤセの背中に緊張が走り、
少しだけ顔が熱くなる…
でも雨に降られたこの状況では
傘に入れてもらえると
とても助かるのも事実だった。
「…うん…。」
初めてバイト先以外でシドと会う。
しかもいわゆる相合い傘…。
アヤセはいきなり訪れた
二人っきりの状況に
ドキドキと胸が高鳴るのを
感じていた。
「で、お前最近何に悩んでんだよ。
いい加減変な反応すんの
やめてくんねぇか?」
「えっ…べ、別に…」
言えない。
悩みの種が目の前にいる本人だ、
なんて、
恥ずかしくて死んでも言えない。
アヤセはうつ向いて顔を赤くする。
「まぁ言いづれぇなら、
触りだけとか、
ちょっとニュアンス変えるとか
そうやって言ってみたらどうだ?
抱え込む方が良くねぇぞ。」
(ニュアンスか…それなら言えるかな…)
少し考えてからアヤセは口を開く。
「…あのさ、
自分は周りの人から
どう思われてるんだろうって
考えることない?」
シドは目を見開く。
「は?お前そんなことで悩んでんの?」
「そんなことって…
私にとっては重大な悩みなんですけど。」
「あーそうか。」
「で、どう?」
「……ねぇな。」
アヤセが思わずフフッと笑う。
「シドらしいね。」
「あ、お前、今バカにしただろ。」
「してないよ。羨ましいなって。
だってこんなことで悩んで
時間や労力の無駄って思うときもあるし。」