第37章 遊郭へ
ただ記憶を辿るような感覚で走り続けた。
だから足元ではなく、頭上を見上げていたのか。
「──ぁ」
蛍の視界に、屋根の上で横たわる人が映り込んだ。
人目でわかる市松模様の羽織は顔を見ずともわかる。
「炭治郎…!」
遊郭で出会える鬼殺隊は天元だとばかり思っていた。
驚きと共に焦燥が駆け巡る。
一度の飛躍で屋根の上に跳び乗ると、間近で見た炭治郎の姿に更に目を見張った。
刀を握ったまま倒れている炭治郎の顔には、凝固もしていない血が付着している。
明らかに先程まで誰かと戦闘していた証だ。
「炭治郎! しっかり!」
だが息はある。死んではいない。
血に染まっていない方の肩を掴んで声を荒げる。
眉間に深い皺を刻んでいた炭治郎の瞼が震えた。
「っ…禰豆子!」
覚醒は一瞬だった。
血に染まった目を開けると同時に妹の名を叫ぶ。
(禰豆子? そういえばいない)
任務に赴く時も、炭治郎は常に背中に禰豆子の入った木箱を背負っていた。
その木箱もなければ、禰豆子の姿も見当たらない。
「禰豆子も此処にいるのっ?」
「ぁ…君、は?」
困惑しながら見てくる炭治郎の目は、蛍を蛍と認識していない。
そこで改めて蛍は自身の姿に気付いた。
「あ、そっか」
「?」
堕姫の命令で、全く風貌の違う少女の姿に擬態していた。
理解の追い付いていない炭治郎の前で目を閉じると、瞬時にして蛍は擬態を解いた。
幼かった白い手足が伸び、成人女性のそれへと変わる。
目の大きさも鼻の高さも髪の質感さえ全て変わえた時、そこには炭治郎のよく知る仲間がいた。
「ほ…蛍!?」
「うん」
「どうしてそんな姿に…」
「簡単に言えば遊郭に潜入捜査していたの」
「ああ、そうか…そうだったよな」
「知ってたの?…もしかして天元?」
簡潔な説明だけで理解した炭治郎には、既に情報が回っていたということだ。
そして遊郭に鬼退治に駆り出されたとなれば、指示役は天元しかいない。