第37章 遊郭へ
「それよりお前、なんで此処にいんの。任務中か?」
「任務ならひと段落つきました。その報告です」
蛍が差し出す折り畳まれた報告書の紙に、近くまで来ていたのかと納得するも疑問は残る。
「いつも通り鎹鴉を寄越しゃいいだろ。わざわざ手渡しなんざしたことあるか?」
いつもなら対話らしい対話の時間さえ設けていかない蛍だ。
何度その背を目で追う羽目になったことか。
それが自分から声をかけてくるなんて、炎柱がその隣から消えてついぞなかったように思う。
「巨漢が屋根の上から少女をじろじろと見定めている場面を見てしまったので。人攫いかと思って」
「な訳ねぇだろ同じ鬼殺隊だっつの」
否定はしたが、半ば当たっている蛍の指摘につい口調も早くなる。
天元が偶々目を止めたのは、任務前か任務後か、とある町中を歩く栗花落カナヲの姿だった。
胡蝶しのぶの継子であり、若手ながら実力も兼ね揃えている。
彼女ならば現在遂行中の任務に最適だろうと、つい吟味してしまったのだ。
カナヲがしのぶの継子でなければ、この場で声をかけていただろう。
柱が指示する任務を断ろうものなら、強制連行だって視野に入れていた。
だからこそ蛍の指摘は半ば的を得ている。
声をかけてきたのはそんな理由かと、無意識のうちに肩が下がる。
なんだよとぼやきたくなる前に、天元の手は差し出された報告書を受け取った。
「ならいたいけな少女をあんまりじろじろ見ない方がいいですよ。奥様方が知ったらどうするんですか」
言いたいことだけ言って、「ではこれで」と頭を下げる。そんな蛍が宇随家の嫁三人を大層好いているのは天元も知るところだ。
「知ったらも何も、そもそも連絡する手段がなけりゃどうしようもねぇけどな」
他人との接触を必要以上に取らなくなった蛍が、未だ嫁達への関心は持っているのか。
半ば賭けのような思いで天元が漏らした言葉を、背を向けた蛍の耳はきちんと拾っていた。
「…どういう意味ですか?」
嫁達が遊郭へ潜入捜査していることは、蛍も知っている。
となればこれ程話が早い相手はいない。
(いたじゃねぇか。ここに最適な人材がよ)