第36章 鬼喰い
「……」
「……」
「……」
「ッだからァ、ンだその目は」
一度折った箸を、これ以上短くする訳にはいかない。
ぷるぷると力の入る手で辛うじて箸を握り締めたまま、実弥は無言の蛍を睨み付けた。
無言でありながらも視線の主張は強い。
稀血の効果は続いているのか、少し潤んではいるものの霞むような眼差しではなく、ぱちりと目を開く。
「だって…血を飲む行為、なのに」
「だからなんだってんだ。それくらい知ってるわ」
「…人の食事とは、違うでしょ」
「はァ? テメェには食事だろーがよ。久しぶりの風呂過ぎて頭まで沸いたのか」
「…それは…そう、だけど…」
義勇が"生きる為のもの"として受け入れてくれた行為だ。
最初のその一歩がなければ、蛍からは決して踏み出せなかった。
人の血を飲む行為など。
それは後の柱にも浸透してくれたが、実弥が血を与える意味には食事のような心遣いは過去なかったように思う。
だからこそにわかには信じ難い言葉だった。
「私のこと、鬼殺隊が飼ってる鬼だって、さっき言ってた癖に」
「柱が鬼に媚びへつらう姿なんざ見せられるか阿保」
「別に媚び、なんて…」
「ァあ?」
「ナンデモナイ」
唇を尖らせ、不満そうに零す。
蛍の小さな主張も、威嚇する実弥に喰らい付くことはなかった。
それでも物言いたげな目に、実弥は最後の味噌汁を喉に流し込んだ。
「テメェもテメェだ。下手に媚びへつらってんじゃねェ、気色悪い」
「? 別に、媚びてなんか」
「なら急に見え透いた敬語なんか使うんじゃねェよ。胡蝶じゃあるまいし」
「胡蝶?」
その名を口にした瞬間、しまったとばかりに唇を結ぶ。
視線を逸らす実弥の口は、もうその名を紡ぐことはなかった。
(胡蝶って…胡蝶しのぶのこと、だよね)
蛍の記憶にあるしのぶの第一印象は怒りを携えている強烈なものだったが、それでも可憐なその口からは常に丁寧な言葉が紡がれていた。
拷問を強制する行為とは気持ち悪いくらいに正反対な、表面上は整った言葉遣いで。