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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第33章 うつつ夢列車



「っ」


 困惑は一瞬だった。
 杏寿郎の頭の切り替えの速さは、父である槇寿郎のお墨付きである。
 すぐに歯を食い縛ると、燃え盛る蛍に手を伸ばす。

 何故炎は己を焼かないのか。
 理由は定かではないが、痛みが伴わないならこの際、好都合だ。


「蛍ッ! 目を覚ませ!! 君はまだ人間には戻っていない!!」


 痛みを感じないということは現実ではないということだ。
 己の上着を巻いたまま抱き上げた蛍に、真正面から呼びかける。


「鬼のままだ! 鬼舞辻無惨も倒していない!! 何もまだ終わっていないッ!!」


 恐らく此処は鬼の術の中。
 罠にかかり、術にはまった。
 自分も、蛍も。

 燦々と降り注ぐ陽光が本物かどうか疑わしいが、蛍を痛め付けているのは事実。
 自身の背中で隠すように太陽に背を向け、上着と体で蛍を挟んで包み込む。
 それでも鬼を焼く炎は消えない。


「ぃだ…ッいい"だ…い…ッ」

「くそ…っ蛍! 影を使え! 影鬼で己を包むんだ!」

「できな…ッ」

「っ朔ノ夜は!? 朔ノ夜なら…ッ」


 必死に辺りを見渡すも、黒い金魚の影はない。
 あるのは一本の大木のみ。
 それ以外に目ぼしい物は何もなく、なだらかな草原が続いている。

 何故こんなにも見晴らしの良い場所に来てしまったのか。
 普段なら鬼である蛍を絶対に連れて来ない場所だ。
 こんなにも陰となる避難場所のない所になど。


(陰…そうだ)


 は、と腰に手を当てる。
 普段着の袴姿で歩いていた記憶はあるのに、慣れ親しんだ硬い鞘の感触がした。


「──!」


 見下ろせば、見知った隊服が目に映る。
 白いベルトに挟んだ日輪刀も、肩に常にかけていた馴染んだ羽織も、そこにあった。

 やはり幻覚だったのだ。
 鬼の幻術にかけられていた。

 確信へと頭が切り替わると同時に、すらりと抜いた日輪刀を片手で構える。
 ひゅおりと、唇の端から強い呼吸の気道が鳴った。


(炎の呼吸、壱ノ型)


 射貫く目線で捉えたのは、目の前の大木。
 みしりと手首に太い血管が浮き、渾身の力で振り被った。

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