第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
「なぁに? 気になるなぁ」
「俺はどうにも、君のようにはなれないなぁと」
「? 何、それ」
「なんでもない。…ああ、そうだ。蛍はあの数多の星々が、何でできているか知っているか?」
「え? 星が?」
「うむ」
不意に投げる杏寿郎の問いに、きょとんと蛍の瞳が瞬く。
その目は星空を見上げて、やがて頸を傾けた。
「うーん…考えたこと、ないなぁ…星は星。っていう概念しかなかったから…月は月。太陽は太陽。みたいな。生まれた時からあったものだから」
「ふむ。成程」
世界に既にあったもの。
それを当然のものとして受け入れるのは至極自然な道理だ。
納得もできると頷けば、傾いてたままの蛍の顔が、下から覗くようにして問い返してきた。
「杏寿郎は?」
「ん?」
「杏寿郎は、あの星達が何でできているのか知ってるの?」
期待混じるような瞳は好奇心に満ちている。
知っているならぜひ教えて欲しい。
そう無言の訴えを向けてくる蛍に、杏寿郎は口角を緩めた。
「皆目見当もつかないな!」
「え」
満面の笑みも添えて。
人であっても鬼であっても、見ることは許されても触れることは適わない。
そこへ辿り着くことも。
そんな世界の理のような存在である星々が、何を元にして存在しているのか。
事実、想像しようにも想像できない。
からりと笑って告げる杏寿郎に、蛍の体が固まる。
目が点になる、とはこのことだろうか。
「なんだ、てっきり何か知ってるから問いかけてきたのかと思ったのに…」
「はははっすまん。俺にとってもこの世界は未知数だ。知らないことはまだまだ多い!」
「すっごく嬉しそうに言うね」
「うむ!」
知らないからこそ。
「──だが、思い描くことはできる」
「え?」
再び蛍の瞳が瞬く。
見えたのは、夜空を見上げる杏寿郎の横顔だった。