第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
「喉…大丈夫?」
喘ぐという程の声は然程出していなかったはずだ。
それでも本気で心配しているのだろう。覗き込むようにして見つめてくる蛍の問いかけに、口角は自然と緩んでいた。
「俺は平気だ。目の前の花嫁を愛でるのに夢中で、疲労など感じていないな」
軽く顔を上げて、そっと音もなく唇を重ねる。
頬に沿えるように伸びた手は髪を梳いて、白銀に光る櫛の縁を辿るように撫でた。
見上げる杏寿郎の瞳が満足そうに細まる。
「だが暫くはこのままでいようか。こうして君を抱いていたい」
「なら私はこっちに…」
「いや、蛍はここにいてくれ。ここがいい」
「でもずっと上に乗った状態じゃ重いでしょ」
「何を言う。いつも羽毛のように軽いと」
「流石にそれは比喩入ってると思う…っ」
全体重を乗せ続けることに抵抗を覚えた蛍が杏寿郎から下りようとすれば、阻止するように抱きしめられる。
力の入らない体を幾ら捻ってみても、離してもらえる素振りはない。
「言っただろう。花嫁の君を愛でていたいと」
蛍が見せる甘えのように、すり、と頬を擦り寄せては嬉しそうに顔を綻ばせる。
杏寿郎のその様にふと動きを止めた蛍は、じっと両の目で見つめた。
かと思えば無言で顔を落とす。
「むッ!?」
がぷん、と甘く噛み付いたのは杏寿郎の太い喉元。
痛みはない甘噛みだが、鬼でなくとも人間にとっても急所である柔い皮膚。
続け様に、ちぅっ!と強く吸われて、杏寿郎の顔がびくりと固まる。
「ほ、蛍?」
「……だから、」
「?」
反射で緩む腕の中で顔を離し、見上げた蛍は何かを確信していた。
「顔、見えないだけじゃない」
「顔?」
「目も、合わない時があったの」
合わせてどことなく拗ねた反応を見せる。
「杏寿郎、ここばかり見てるから…」
ここ、と言って蛍が手を添えたのは、髪を飾る花嫁の証。