第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
「ほんの少し切なくて、でもそれ以上にあたたかい。私の居場所を見つけられた気がするの」
最初の道は、人として死ぬことだった。
それが生きる為の道を探すようになった。
答えはまだ見つかっていない。
目的地に辿り着けた気もしない。
それでも漠然と感じるのだ。
この腕の中にある陽だまりの匂いを持ったひとを、抱きしめていると。
「おこがましいかもしれないけど…今の私だから、きっと見つけられたものなんだなぁって」
人生の伴侶だとか、家族だとか。形に表すことばは幾つもある。
それでも言葉にならない想いが胸を熱くするのだ。
「私の、世界にひとつだけの──」
幸福を音色に変えて想いを紡ぐ。
最後はほろりと消えるように、余韻を残して。
「っ」
「…杏寿郎?」
ぎゅっと唐突に強い抱擁を貰った。
見れば胸に顔を埋めていた獅子が、その腕で強く蛍を抱きしめている。
「世界にひとつと言うのなら、俺も同じだ」
儚く消えた蛍の余韻に紡ぎ足すように、顔を上げた杏寿郎が強く笑う。
「世界にひとりしかいないんだ。君というひとは。だからまだまだ時間は足りない」
「時間?」
「言っただろう。君の生き様を隣で見ていたいと。君の見る世界が知りたいと。その為には時間が足りないんだ。この先もっと沢山、蛍との時間を繋いでいかないといけないな」
屈託のない顔で笑う杏寿郎に、つられるように蛍の口元が綻ぶ。
「…ん。そうだね」
「蛍としなくてはならないこともまだまだ沢山ある」
「しなきゃならないこと? 何?」
「まずは蛍を見に行くことだ」
「あ、そっか。うん。そうだね。秋蛍が見られたから、次は夏の蛍が見たい」
「千寿郎をおざなりにしてしまった神幸祭の花火も、今度は共に見なければ」
「うんうん。それは絶対に譲れない。勿論、槇寿郎さんもまた一緒にね」
「清少年にまた京都観光を頼まなければな。一日では回れない名所があそこは多い」
「確かに、そうだったね。清くんにもまた杏寿郎とおいでって言われたし。次は嵐山とかも行ってみたいなぁ、私」