第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
人間の歯でも喰い千切れそうな柔い皮膚。
無防備に晒したその喉に、柔く歯を立てたまま。
欲を込めて天を仰ぐ己の分身を、押し付けるようにしてぐりぐりと腰を揺すった。
「んアッぁう…!」
擦り上げる度に潮を吹いていた蛍の泣き所。
その一点のみを押し潰すように硬い男根で刺激すれば、がくがくと蛍の体が弓なりに踊る。
「あッだ…ひゃ、あん…!」
ちかりちかりと蛍の視界が弾ける。
何度も脳裏に飛沫を受けては、目の前が真っ白になる。
「っ…ぃ……」
体の内側とは違う、外の弱み。
鬼の泣き所ともなる喉に噛み付く唇の隙間から、
「は…ぁぃ…ってる…ッ」
"愛している"と。
かなぐり捨てるような剥き出しの想いを聴いた気がした。
はぁ、は、は、と途切れることなく荒い息が続く。
丸めていた布団も乱れて潰れた中、ぐったりと横たわる体にかかる一つの影。
「……ほたる…?」
そっと呼び掛ける声と等しく、優しい掌が頬を包むように触れる。
朧気に空(くう)を見ていた緋色の瞳が、ようやくゆっくりと視線を上げた。
「大丈夫か?」
「…じゃ、ない…」
「っそうかすまん!」
掠れた声でぼそりと一言。
忽ちに淫らな空気など吹き飛ばす勢いで、杏寿郎は半裸のままがばりと頭を下げた。
まだ明朝にもなっていないというのに、蛍の体を半ば抱き潰してしまった。
その原因も概ねわかっている。
自分の為だけに着飾ってくれた、血鬼術も用いた今宵だけの特別な花嫁姿。
その真白な花に埋もれる姿は、純潔にも似たまっさらで美しい印象を与えてくる。
そのたおやかな着物を崩し、真白な花を散らして生まれる艶やかさは、一種の禁断の匂いを感じさせた。
汚してはいけないものを汚している。
己の色に染め上げている。
そんな征服欲も背徳感も交えた欲は、無限に溢れて留まることなど知らなかった。