第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
「それに、落ちてもいいの。見た目より造りしっかりしているみたいだし、布団の上なら落ちても壊れないから」
乱れた髪に改めて櫛を差し込んで、もう一度「それに」と付け足す。
「外れたら付け直せばいいだけ。…次は杏寿郎に飾ってもらいたいな」
今宵だけの花嫁姿。
だからと言って、人形のように扱って欲しい訳ではないのだ。
乱れてもいい。着崩れてもいい。
それでも目の前の彼の向けてくる愛情深い視線は、何も変わらないことを知っている。
「その時は、杏寿郎が手直ししてくれる?」
ゆるりと持ち上げた無骨な掌に、頬を擦り寄せて問いかける。
愛らしくも艶やかな蛍の誘いに、こくりと喉が鳴る。
持ち上げられた手で赤く色付く柔らかな頬を、濡れた唇を、乱れた遅れ毛が纏う首筋を撫でる。
指先から伝わる体温が、己の体も熱くしていくようで。
「勿論だ。俺の手で君を花嫁にできるなら、それ程喜ばしいことはない」
再び熱を持つ自身の猛りを感じながら、杏寿郎は目の前の体を柔く抱きしめた。
「んっ…杏、寿郎…」
「蛍のなかに俺の子種が馴染むまで、まだ繋がっていたいんだ」
「…馴染むまで、なんて」
硬く天を仰ぐ、杏寿郎の太い雄。
熱を残したままの腹の奥底にそれを感じながら、首筋を撫でる手に今度は蛍から指を絡めた。
編み込む糸が紡いで結ぶように、鋭い爪を持つ細い指と、分厚い刀ダコができた無骨な指とが絡み合う。
「今夜は、ずっとこうしていて」
以前も、夜通し繋がり合ったことはある。
それこそ朝日を拝み見るまで。
互いの体がどろどろに溶け合うように重ねては、繋ぎ合い、愛し合った。
「ずっと杏寿郎を見ていたい」
ただその要望を口にしたのは杏寿郎で、蛍から告げられたのは初めてのことだ。
一瞬驚いた強い双眸が、愛おしさに満ち満ちるのに時間はかからなかった。
「ならば片時も逸らさず見つめていよう」
絡めた掌を引き寄せて、恭しく薬指に口付けた。
「──俺の花嫁を」