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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは



 ぴしり、と空気が一瞬固まった。

 見開いた双眸が更に丸くなる。
 唇は真一文字に結ばれ、張ったように上がる眉は微動だにせず。じっと蛍を食い入るように見つめる。


「っはぁああああ」


 それも束の間。
 ぼすりと蛍の帯に顔を突っ込むようにして杏寿郎は沈んだ。


「き…杏寿郎?」

「供給過多だ。少し待ってくれ」

「何、供給過多って」

「君があまりに俺の胸に真っ向からくることを言うから」

「な…何、真っ向って…」


 もぞりと目線だけ上がる顔が、帯の上から蛍を見る。


「甘露寺の言葉を借りるなら、きゅんとする。と言ったところか」

「…恐ろしく似合わないね、蜜璃ちゃんの台詞…」

「似合わなくてもなんでもいい。兎に角そういうことだ」

「わっ…ちょ、杏…っ」

「全く、君は」

「なっそ、そんなところに顔埋めないで…っ」

「可能ならずっとここに顔を埋めていたい」

「そんな善逸みたいな台詞も恐ろしく似合わないから!」


 ずりずりと上がってきたかと思えば、今度は剥き出しの胸に顔を埋めてくる。
 くすぐったいのと恥ずかしいのとで柔く押し返そうとすれば、ぐいぐいと強い力で抱きしめられた。


「ぜんいつ?…ああ、確か…黄色い頭をした少年のことか…」


 朧気な記憶を引っ張り出せば、面識のある覚えはない。
 ただ蛍が楽しそうに話す蝶屋敷の出来事で、度々出てきていた名だ。


「その少年がどういう者なのか知らないが、聞き捨てならないな」


 情事の合間に他の男の名前を聞くなど良い気はしない。
 それよりもそれは少年の言葉を借りたものだと言われたような気がして、むすりと杏寿郎は眉間に皺を寄せた。


「俺は君の前だと礼儀も理性も欠けた男になるぞ。知っているだろう」

「それ、は」

「俺は今大層胸にきてるんだ。君が愛らしいことを言うから」

「ぁ、愛らしいなんて」

「それにそもそも君は思い違いをしている」

「え?」


 柔らかな乳房の間に半ば埋もれたまま、こちらを見てくる二つの双眸。
 不満げな色をしていたそれが、不意に困ったように目尻を緩めた。

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