第24章 びゐどろの獣✔
柔らかな空気。
心地良い温もり。
壁に背を預け、ふわりと弾む毛先を指先で遊ぶ。
蛍にとっても微睡みのようなそんな時間の中で、気付いたのは唐突だった。
物音がした訳ではない。
匂いや、色が伝えてきた訳でもない。
ただなんとなしに顔を上げた。
そこで目が合ったのだ。
「──あ。」
「っ!」
思わずぽろりと声を漏らせば、視線の先の小さな頭がびくりと跳ねた。
(すっすみません…!)
とでも言っているのだろう。
ぱくぱくと口を開閉させながら、三つ指をついて土下座する。
声を出さないのは、寝入った杏寿郎の為か。
兄が弟思いなら、弟も十分兄思いだと蛍はくすりと笑った。
目が合ったのは、いつの間にか起床していた千寿郎だった。
杏寿郎との会話の最中にも、起きる素振りは見せていなかった千寿郎だ。子守歌で起きたとは思えない。
偶々目を覚ましてしまったのだろうと、笑顔のままに手招きをする。
掛け布団の代わりにしていた羽織を手に、忍び足で寄ってくる。
今度はその千寿郎を、隣に座るようにとぴたぴたと畳を静かに叩いた。
「おはよう」
「ぉ…はよう、ございます…」
「もしかして起こしちゃったかな」
「っいえ。偶々、目が覚めただけで…」
「いつから?」
「……」
ちょこんと蛍の隣に座り、ちらちらと寝入る杏寿郎の顔を見る。
千寿郎にとって興味深いものなのか、しかし最後の問いにその動きは止まった。
変な質問でもしただろうか。と、蛍が頸を傾げれば、俯く千寿郎の手が胸の前でそわそわと握り合う。
「あの…もう一度、歌ってくれませんか」
「え。」
思わず目が丸くなる。
質問への応えではなかったが、それが答えだった。
歌声を聴かれていたことも予想外だったが、まさか杏寿郎と同じに所望されるとは。
「よければ…私、も…その…」
俯く千寿郎の耳が、果実のように赤い。
ぽそぽそと消えゆく語尾に、蛍は丸めていた目を緩く細めた。
片手は杏寿郎の頭に添えたまま。
もう一つの手で、小さな焔色の頭に触れる。