第17章 初任務《弐》
白粉(おしろい)は敢えて白を使わない。
翠(みどり)、牡丹(ぼたん)、肉色(にくいろ)。
その三色が蛍のお気に入りだ。
黄も混ぜ合わせれば血色の良い明るさを残しつつ、きめ細やかな白い肌を作れる。
肌に馴染む色の為、地肌と化粧肌の違いはあまり見て取れない。
客の前で肌を晒す仕事の為、あからさまに違いを感じさせない粉白粉の方が月房屋では重宝された。
肌とは対照的に、目元にはくっきりと色味を差し込む。
ラインを引く黒の縁取りの上に、栄えるような薔薇色を目尻に添える。
初対面の男は目で落とすこと。
そう教え込まれた体は、常に視線に気を配った。
目線の流し方、瞳の閉じ方、視線を交えるタイミング。
体を求めに来る男達は、お喋りな女が好きではない。
目で語り、目で誘う女が好きなのだ。
忘れてならないのは、唇に差す真っ赤な紅。
唇の中心にほんの少しだけ差すおちょぼ紅が一般的ではあったが、月房屋では唇そのものの魅力を惹き立てる為にその形になぞり紅を差した。
吉原花魁のように真白な白粉で顔を丹念に塗りたくることはしないが、町娘ではないことを印象付ける為に、惜しげもなく紅一匁(べにもんめ)で縁取った唇で男の名を呼んだ。
愛おしげに名を紡ぎ、求める言葉を囁き、時に仔猫のように鳴く。
花開き咲く唇に、蜜を求める男の接吻を。
髪は緩く、少しの拙さを感じさせるくらいの結びが丁度いい。
ほんの少し手を差し込めば、その髪を崩してしまえると思えるくらいが。
うなじに数本散らす遅れ毛は、白い肌に影を差し色香を纏う。
細い頸から鎖骨まで覗き見える朱色の着物に身を包み、金色の帯で細い胴を締める。
男にはない柔らかな身体の凹凸を魅せ立つ蛍の緋色の瞳が、畳を滑るように視線を下り。
ゆらりと揺れる蛍火のように、幼い瞳と相重なった。
「どう? 少年。それなりのことをすれば、それなりの美は作れるの」
紅い唇をそうと開く。
仕草は先程まで言葉を交わした鬼の姿を消し去っていたが、紡ぐ声は彼女のものだった。
化粧を施し、鮮やかな着物に身を包んだ蛍を前にして、唖然と見上げる清の目は動かない。
「少年?」
「っ」
「お前にはまだ早い」