第24章 それゆけ、謙信様!*遭遇編*
ゆらり、揺れる。
杯を満たす酒が揺れて、映る景色が揺らぐ。
映っていたのは、月か、それとも。
じっと見つめていた事に気付いて、打ち消すように飲み干した。新たに酒を注ぎながら、謙信は言い様のない不快な気持ちにいら立っていた。
夕暮れ時。
佐助と共に庵へ帰るため歩いていた謙信は、小高い丘に差し掛かった。佐助が何かに気付いて、あっと声を上げる。
「信玄様と…桜さんだ」
「……」
佐助の視線の先に謙信も目を向ければ、信玄と会話しながらにっこりと笑う女の姿。
「…謙信様?」
射殺してしまうような、怒気を孕んだ顔になっていたようだ。戸惑うような声色で、佐助が謙信の名を呼ぶ。
「行くぞ」
体を反転させ、無理に視界から二人の姿を消した。
何故?
分からない。
ただ、不愉快だった。
戦で会った時。
安土で会った時。
自分と共にいる時には、信玄に見せていたような笑顔が浮かんだことなど無かったというのに。
…ああ。佐助と話をしていた時だけは、笑っていたな。
だがあれは、佐助に対しての笑顔だ。
酒をまたあおり、謙信は開いた障子から無言で空を見上げた。秋の夜の冷たい風が、肌を撫でていく。
つまらない、取るに足らないただの女。戦が全ての自分にとって、女など興味の対象になり得ない。
だが、「殺し合いが生き甲斐なんて」と寂しそうに呟いたその声と瞳が、どうしても頭から離れない。
不愉快でたまらない。その言葉も、自分に対しての同情のような瞳も。
何故…そんな顔をする?
「明日は安土城か」
ぽつり、と呟いた声が風に乗り消える。
恐らく桜もいるだろう。自分があの呑気な顔をした女に対して抱いているのが、どの類の感情なのか。
明日もう一度その顔を見れば、きっと。