第24章 それゆけ、謙信様!*遭遇編*
美味しい甘味に舌鼓を打ちながら、しかし桜の頭は冷静だった。
そういえば、幸村が言っていたっけ。
『会う女片っ端から口説くの、止めてください』
甘い言葉と、笑顔と。一瞬でも心を弾ませ、ときめきに胸を躍らせた分、がっかりした後の落差は大きい。
「信玄様は、女性なら誰でもいいんですね」
「それは違う。…と言っても、今は説得力がないな」
隣で同じように甘味を味わう信玄が苦笑する。すっかり桜の興が覚めてしまった事に、ちゃんと気付いているようだ。
「ご馳走様でした」
「…姫。もう一つだけ、付き合ってほしい」
「分かりました」
眉を下げる信玄に、桜は頷く。今日一日が楽しくなかったと言えば嘘になるし、恋仲でもないのにいつまでも機嫌を損ねていても仕方なかった。
段々と陽が落ちて来て、風も冷たくなりだした。二人は通りを少し外れた道を歩く。
「こっちだ」
信玄に促されたどり着いたのは、少し小高くなった丘だった。遮るもののないそこからは、橙に染まる町並みと、空が良く見える。
「綺麗」
思わず漏れた言葉に、信玄がほっとしたように笑った。
「ここに来て、一緒に空を見たかったんだ」
「良い所ですね、知りませんでした」
「それはよかった」
笑みを絶やさない信玄の手が、桜の着物の帯へと伸びた。昼間桜が目にとめた、花の細工が施された帯飾りが揺れている。
「信玄様、これ…」
「これだけでも、贈らせて欲しい。君が何も欲しがらなかったから、勝手にこっそり選ばせてもらったよ」
桜がよそ見している間にでも買ったのだろうか。動きに合わせてゆらゆらと帯で揺れる飾りが、今の桜の心の揺れを表しているようで。
「ありがとう、ございます…」
「これを付ける度に、俺を思い出してくれたら嬉しい」
桜を見つめる優しい信玄の瞳は、真摯な光に溢れていて。それが少なくとも嘘ではない事を感じた桜は、心から微笑んだ。