第5章 蒔かぬ種は生えぬ
『…そう。
じゃあ早く助けてあげないとね』
そう穏やかな口調で言ったムーメは上に戻ろう、と扉を指差す。
『もう依頼は受けてるから、どちらにしても今更やめるつもりはなかったんだけど、聞いておきたかったの』
気分悪くさせてごめん、とこちらを見ずに小声で謝る。
「いや…。
弟たちの前で聞かないでいてくれたんだろう?」
この質問をするのに、俺かおそ松が一人になるのを待ってくれていたのだろう。
俺はベンチから立ち上がり、銃をロッカーにしまい鍵をかける。
「ありがとう」
ムーメは『ん』と返事なのかわからない声を返す。
俺が扉を開け、階段を上り始めると、後ろから付いてくる。
『六つ子って、ちゃんと上下があるんだね』
階段を上りながらムーメが話しかけてくる。
「上下ってほどでもないけどな。
おそ松は長男でここのボスだし立場的には一番上だが、普段はフラットな関係だ」
言いながら、俺たち六つ子に兄と弟という概念が生まれたのはいつだったろう、と考える。
『カラ松もお兄さんって雰囲気あるよ』
「そうか?
散々な言われようだったの、見ただろ」
意外な言葉に、嬉しいのだが反論してしまう。
だが思い出して付け足す。
「でもまあ、それでも、弟は守るものだからな」
階段の踊り場で振り向きながら苦笑いし言うと、見上げるようにしたムーメの目と合う。
『うん。やっぱりお兄さんだね』
彼女は柔らかく笑う。
俺は初めて彼女の少女らしい笑顔を見たかもしれない。
『…早く行こうよ』
どうやらそのままの態勢で立ち尽くしていたらしい。
早く行け、と背中というか腰部分を両の手のひらで押される。
表情はいつもの無表情に戻っていた。
「ふっ…。
全くギルティなカラ松ガールだぜ」
顔を隠すように前を向き直り、再び階段を上り始める。
これが、チョロ松の言っていた「ギャップ萌え」というやつか。
さっきの笑顔を思い出すと口元が勝手ににやけてしまう。
『そういうのが無ければ待遇良くなると思う』
呟かれる冷ややかな言葉も気にならない。
下りよりも軽やかな足取りで兄弟の待つ部屋へと戻った。