第5章 蒔かぬ種は生えぬ
四階にあった事務所から階段をどんどん降り、地下室へと向かう。
後ろから着いてくる小さな足音に速さを合わせながら進む。
『ここ、立派なビルだけど、他の階は使ってないの?』
歩きながら、ムーメが後ろから話しかけてきた。
「一応使っているぞ。
物置だったり居住スペースだったり…個人の趣味で使う部屋だったりな」
一部濁して答えると、察してくれたのか、さほど興味がないのか『ふうん』とだけ言って詮索してこなかった。
それほど会話は弾まないまま、二人は階段を降り切る。
「ここだ、鍵を開けるから少し待っていてくれ」
ムーメは頷くと扉から少し離れたところで壁にもたれ掛かる。
目の前の大きな鉄製の扉の鍵を開けると、中は真っ暗だ。
手探りで扉を入ってすぐの壁に付いたスイッチを押すと、蛍光灯の白い光かチカチカとつきはじめる。
明るくなった部屋の中には大きなロッカーが壁一面に並べられ、中央には背もたれのないベンチが二脚置いてある。
一見すると運動部の部室のように見えるかもしれない。
俺が部屋に入っていくと後ろからムーメが着いてくる。
「ムーメはどんな武器を使うんだ?
割と揃えてるつもりだが、ないものはないからな」
そう言いながらロッカーの鍵を開けていく。
『メインはナイフかな。
後はトラップとか使うけど…』
「ナイフか。ナイフなら一松がたくさん持っていたはずだ」
一松はどこにしまっていたか、と考えながら鍵を開けていく。
『今更だけど、いない人の勝手に借りていいの?』
その言葉にロッカーを開けていく手を止めた。
なんだかその言い方にもやもやとした気持ちを覚える。
「…気にする事はないさ、道具は使ってこそだからな。
それに持ち主を助ける為に使うんだから、道具だって本望だろう」
ムーメはそう、と短く返事をする。
その素っ気なさに、やはり嫌われているのかもしれない、と思う。
『カラ松、は、優しいんだね』
意外な言葉に驚き振り返る。
彼女は『なに?』と不思議そうな顔でこちらを見る。
曖昧に笑って返し、再び背を向けてロッカーの鍵穴に鍵を差し込む。
名前を呼ばれた、優しいと言われた。
彼女から言われることはないであろう言葉だった。
胸か、顔か、わからないところが熱くなるのを感じた。