第1章 カードの手が悪くても顔に出すな
『ごめんなさい、ボーっとして、て…』
ほぼ反射的に謝罪の言葉をかけながら相手の顔を見上げる。
そしてすぐに気づき、驚く。
彼が次の仕事のターゲットであることに。
恐らく、私の驚愕はありありと表情にでていたのだろう。
「いやー、こっちこそ前見てなくてごめんねー。
あれ?どっかであったことある?」
それとも一目惚れしちゃったー?とかなんとか言っていたがそれに反応できる心の余裕はなかった。
とりあえず彼の風貌を再確認する。
黒髪に濃いブラウンの瞳のアジア人、年齢は二十代前半。
依頼主からもらった写真通りだ。
黒いスーツに赤いシャツを着ている。
十中八九、彼が松野ファミリーのボス〈松野おそ松〉だろう。
とにかく、ここでターゲットと接触するのは予定外すぎる。
仕事にしても、2、3日は明けてから実行しようと考えていたのだ。
正直なところ、疲れと睡眠不足からか、頭が回らないし、顔を覚えられるのも厄介だ。
大丈夫です、それじゃ、と言って顔を下げその脇を足早に通り過ぎる。
数十メートルほど離れて振り向くが、彼が追ってくることはなさそうだった。
小さく、今度は安堵の溜息をついた。
どっと疲れがでてきたような気がして、体が重くなり、徐々に息苦しさと吐き気が襲ってくる。
最近ちゃんと寝たのはいつだっけ。
最後いつご飯食べたっけ。
そこから数歩歩くが、これはまずいかな、と思った時にはすでに視界がぼやけ、足に力が入らなくなっていた。
あー倒れるなと半ば諦め、アスファルトにぶつかりかけたその時、誰かに肩を抱きかかえられる感触を感じた。
少し焦ったように話しかけてくる声が頭上から聞こえる。
誰の声だっけ、と思い出そうとしたところで私は思考を放棄した。