第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
代わりに走る音と共に部屋に入ってきたのは…白粉だ
「なんだ?どうした?!」
「なんでもない。湖が、大声に驚いて泣き出しただけだ…ほら、湖。かかさまが来たぞ」
湖を手渡された白粉は、その体を抱き上げ背をさする
「湖、大丈夫だ…」
「…かかさま…?」
「あぁ。そうだ」
ぎゅうっと、白粉の首に手を回せば泣き声は収まりはじめる
そして、かわりに小さなしゃっくりの音がし始めた
「湖…湖ね、ねてたら…なんか、おおきいこえがして…」
「びっくりしたんだよな。湖」
声に顔を上げて、その主…信玄を見て頷くと
「うん…びっくりしたの。ととさま、さっきのなに?」
「あぁ…さっきのか…猿の遠吠えだ…」
「おさるさん?」
「そうだ、猿だ」
はぁっと、開けた寝衣を整えながら答えた信玄は白粉に、秀吉達が広間で待っていることを伝えた
白粉は「なるほどな」と頷くと、湖を着替えさせると部屋に連れ帰っていく
「俺も広間に向かうとしよう。どうせ、朝餉が用意されているだろうからな」
「解った。着替えさせてから向かう」
湖はお気に入りの赤い着物に着替え、白粉と手を繋ぎ広間へ向かう
その広間では、なにやらもめている声が聞こえ…
「な、やめろっ!食事がもったいないっ」
「…眠りを妨害した奴が何をいう。その無礼、一度叩き直してくれる」
がしゃんっ
食器の割れる音までしてくると、湖と白粉の歩みは部屋の前を寸前に止まってしまう
「湖、来い」
白粉は湖を抱えた
湖も、素直にそれにしたがい手を伸ばす
少しだけ早まる鼓動
「かかさま…、けんかかな?」
「…謙信と幸村の追いかけっこのような物だろう。大丈夫だ、抱えていてやる」
そう宥めたところでちょうど、広間から後ずさりで出てきたのは秀吉の姿
そして、白刃も
顔色を悪くした秀吉は、腰元の刀に手はかけてはいない
目の前には刀を抜いた軍神がいるのに
むしろ、混乱しているようだった
「なんだ、なんなんだ…あ…湖」
秀吉は、視界の端に白粉の姿を捕らえる
ちらりとみて、その腕の中の湖に声をかけた