第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
「あれは、上杉が受け入れたあやかし。城内の者も承知している。湖を連れてきたあやかしとしてだ…よって、あれに手を出すのは止めてもらう」
「確かに。白粉は、湖の母者…影でこそこそ何かされては、湖に悪い影響が出る…条件として、入れておくべきだな」
謙信と信玄が、口をそろえて言うことに秀吉は「解った」とその目を伏せる
「俺たち二人は、本日から湖が九つになるのを見届けてから安土に戻る」
「…謙信様が、許可されるのであれば…致し方ありませぬ。だが、怪しい動きをすれば、即刻退散頂きます…特に、貴殿…」
兼続がさすのは光秀だ
「なんだ?」
「なんだではございません…本当に胡散臭い狐のようだ…」
ぼそりと小さく言った言葉を聞き取っていた者が居た
「きつね?みつひでさまは、きつねさまなの?」
「ほぅ…狐に見えるか?」
「あ、湖様…っ」
兼続はしまったと言うように、口を押さえた
「うーん…おめめは…でも、ひとだよー。それとも、湖といっしょ?きつねさんになれるの?」
「残念ながら、俺にそんなと特技はない。だが…人を化かすのは得意だな」
「ばかす?…なにそれ?!おもしろいの??」
光秀に興味を持ったのか、湖が四つん這いで寄っていこうとうするのを防いだのは幸村だ
湖の額に、手の平を差し出しそこにぶつかってきた頭を押してやる
「あ。ゆきっ」
「お前は…いいか?こいつらに懐くなよ」
「どーして?」
湖は、幸村の手を両手で掴み避ける
「どーしてもだ…うっかり連れ去られるぞ」
びくっと肩をゆらす湖に、秀吉は眉を下げ声を出す
「攫いはしない…湖は、ここがいいんだろう?」
(そうだ…この人は、あのとき。たしかに「あづち」に…といったひとだった)
だが、今目の前に座っている秀吉は「ここがいいのだろう?」と聞いてきた
「うん…」
(すごく…かなしそうなかおをするひと…)
「安心しろ。連れ去りはしない。お前が望めば…そうするかもしれんがな」
「光秀。余計な事を言うな」
くくっと、秀吉の隣に座る光秀の笑い声が漏れ聞こえる
「のぞまないよ」