第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
そして…
兼続と共に訪れた謙信の部屋で…
「兼続に聞いた。一人で全て処理する必要はないだろう」
「……」
信玄が部屋に入ると直ぐにそう尋ねたことで、謙信は兼続を見た
「申し訳ありません。ですが、守り手は多い方が安心で御座います」
と、一礼するのだ
謙信がここ数日、政務だと言って姿を現わさなかったのは、元から越後に対し敵意むき出しだった大名から送り出された刺客叩きの為だった
信長との一時同盟がなされたと知ったのだろう
不審な男達が、城下に入り込んで来ていたのだ
今の所は謙信しか標的にされていないが、いつ湖の事が耳にはいるか解らない
早急に対処すべきと、自ら叩きに出向いていたのだ
「遅れて悪かったな…三ツ者を動かす」
「軒猿を動かしている。それは不要だ…だが、それならば湖についての情報操作を頼む」
「湖について…」
信玄は、少し間を置き考えると…にやりと口角を上げた
「ようは、今の湖が狙われなければいいんだな?」
「そうだ」
「なら簡単だ」
春日山城には女が住まう
その美しさは目も当てられぬ程、軽やかな音色をまとった姫が住まうのだ
謙信の愛刀、姫鶴一文字の化身が…
そんな噂が流れ出したのはあの日からほどなくだ
時同じ頃に、越後に入った秀吉と光秀
「誰だ…?」
「くく…なるほどな」
噂の足は速く、城下の人々は一体どんな容姿なのかと想像の浮世絵まで出だしていた
その一枚を手に取れば、そこに書かれているのは湖とはまるっきり違う人物像だった
黒髪に白い肌、豊満な胸になめらかな腰つきで着物を肩にかける女の絵
「これは今、噂の鶴姫の化身です。想像画ですが、妖艶な美しさという言葉にはふさわしいと思いませんか?」
売り手の若者が自慢げに話を聞かせる
くくっと光秀が笑いながら、「一枚もらおう」と金を渡した
秀吉はため息をつくと、
「上杉に刺客が送り込まれていると聞き心配したが…」
「湖から遠ざけるために仕立てた噂だな。こうゆうのは武田信玄の得意なところだろう。これならば、今の湖が狙われる心配はまずない」
二人は「それにしても…」と口をそろえて言う「まったく掠りもしない人物像だな」と、あの小さな少女を思い浮かべ城を見上げた