第35章 過去編:名前のない怪物
粉雪は地面に触れるとすぐに溶け、たちの悪いぬかるみを作った。それを飛び越えながら、泉と慎也と佐々山は扇島を進んだ。
被害者少女と少年期の藤間が瓜二つであるという事実は、霜村はじめ刑事課の面々を驚かせた。藤間と少女の間になにがしかの血縁関係を立証することができれば操作は飛躍的に進展するものと思われた。しかし、霜村は藤間と少女のDNA解析を許可しなかった。
そこでとうとう、泉が声を荒げた。
「霜村監視官。この件については私の一存で動かせて頂きます。」
「何だと?そんな勝手が許されると思っているのか、日向監視官!」
「私はこの件、二係の捜査に手を貸して来ましたよね?」
バン!と報告書を机に投げつければ、流石の霜村も閉口せざるを得ない。
「お許し頂けないのであれば、局長に直訴します。」
「――勝手にしろ!」
局長に自分の失態が漏れるのは絶対に避けたい霜村らしい決断だった。
泉が事実上、霜村から藤間についての捜査権を奪い取ったので一係は大手を振って藤間を容疑者として捜査を始める事になったのだ。
「つか、流石だよな。日向監視官サマ?あの霜村にガツンと言えんのは、日向チャンぐらいだって!」
佐々山が楽しそうに言えば、泉は困ったように苦笑する。
こけないように慎也に繋がれていた手に、強く力が込められた。
「だが、あんまり無理するな。お前の立場が悪くなる。」
「それは慎也にも言える事でしょ?大丈夫よ。私の方がきっと上手く立ち回るわ。」
その言葉に、慎也は困ったように笑った。
自分や宜野座の立場が悪くならないように、あえて矢面に立ったのは分かっていた。
「お、このへんじゃねーか?」
積み上げられた一斗缶の山を佐々山が覗き込むと、その奥に毛布にくるまり凍える初老の男性がいた。
「えーと、おたく、マツダさん?わりぃね、ちょっと話聞かせてくれる?」
急にテリトリーにずかずかと踏み込まれて、マツダは警戒心を露にした。
「な、なんだお前達は。」
泉が公安局の身分証明ホロを提示すると、マツダは布団をかなぐり捨ててその場から走り出そうとする。佐々山はその首根っこを捕まえ、すごみのある声で言った。