第35章 過去編:名前のない怪物
「信頼信頼言ってても、お前自身に俺を信頼する気がねぇ。上っ面では大切な相棒気取ってても、その実、執行官のこと頭のおかしい狂犬だと思ってる。そうだろ?お前のそう言うところ、虫唾が走る!」
佐々山は、目の前にいるこの有能で純粋な男を、どこまでも否定してやりたいと思った。
彼の信条、信念、そういったものを全部ぶち壊す権利が、何故か自分にはあると思った。
その権利の代償として、自分の全てをなげうってもいい。いや、自分の全てをなげうちたいがために、狡噛に牙を剥いていた。
「佐々山くん――。言いすぎよ。落ち着いて。」
そっと後ろから背中を撫でられ、佐々山は幾分か落ち着きを取り戻す。
そうだ。自分はどうせなら最後はこの女の為に、全てを賭けてやろうと決意をしたのだと思い出す。
「――別に悪いことじゃない。当たり前のことだ。執行官の俺自身がわきまえりゃいいことだし、実際今までそうやってきた。」
言いながらやりきれない思いが込み上げて来る。
「ただもう――、バカらしい。そうまでして執行官って職業にしがみついてるのが――。」
慎也は言葉を発する事が出来なかった。
呆然と立ち竦む慎也を見れば、佐々山は尚も告げる。
「俺を撃ちたくないと言ったな。だが方法はいくらでもある。上に進言するなりなんなりすればいい。そうすりゃ俺はすぐに施設送りだ。お前の気の済むようにしろ。だが、今回の件は日向チャンの好きなようにやらせてやれ。彼女は間違ってない。多分お前達が今のままなら一生解決出来ないぞ。」
それだけ言えば、佐々山は慎也のデバイスにファイルを送る。
「――悪いな、日向チャン。ちょっと頭冷やして来るわ。」
「うん。」
泉は引き止める事もせず、佐々山を見送った。
ずっと立ち尽くしている慎也に近付けば、後ろから抱き付いた。
「――ごめんなさい。慎也を巻き込みたくなかっただけなの。」
「俺は――。佐々山を信じてなかったと思うか?」
その問いに、泉はフルフルと頭を振る。
「佐々山くんだってきっと分かってる。慎也は佐々山くんを危険な目に遭わせたくないから、不用意な捜査をしたくなかったのよね?」
泉の言葉に、慎也はようやく冷静になれた。