My important place【D.Gray-man】
第38章 幾哀心
もう一度、目の前で静かに眠るその存在を見る。
…あの人とこいつは違う。
そんなこと当たり前のことだ。
あの人に向けた想いと、こいつに抱いた想いも違う。
そんなこと当たり前のこと。
でも、どちらも譲れない想いだ。
「……」
アルマを切り捨ててでも、俺は"あの人"を求めて生きる道を選んだ。
簡単に消え去るような想いじゃない。
〝あの人に会うまで死ねない〟
その思いだけで生きてきた。
"約束"したんだ。
その約束の内容も掠れて憶えちゃいないが。
あの人は、ずっと待ってると言った。
約束をした日が何年前、何十年前であろうとも、確かに交わしたものだから。
あの人に会うまで、その"約束"を果たすまで、俺は死ぬ訳にはいかない。
…ただ一つだけ変わったことがある。
今は…こいつの為に生きたいとも思ってる。
俺のことですぐ泣きそうな顔をする癖に、俺のことだからだと涙を耐えるこいつと。共に、生きていたい。
「…はぁ」
つい漏れた溜息は、無意識に。
どっちが大事だとか、どっちを優先すべきだとか。
そんな順番なんてつけられない。
俺にはどちらも譲れないものだ。
もし、どちらか選べだなんて言われたら──
……。
……そんなことを言う馬鹿を斬り捨てるまでだな。
俺はあの人の為に死ねない
そしてこいつの為に生きていく
薄らと室内が明るくなる。
見れば、カーテンの隙間から差し込む朝日。
考え込んでるうちに、陽は昇ってしまったらしい。
「…朝だぞ」
くしゃりと片手で前髪を掻き上げる。もう傷一つない額に、軽く唇を押し付けて。
伏せられていた睫毛が微かに揺れる。
もそもそと小さな動きを見せると、その目がゆっくりと開く。
暗い色の瞳に映る、俺の顔。
まだ重たそうな瞼で、それでもしっかりと俺を映すその目に口元を緩めて開く。
「起きろ、雪」
その名を呼ぶ為に。