My important place【D.Gray-man】
第48章 フェイク・ラバー
何が残っているのか、という疑問はすぐに神田の脳裏から消えた。
この話の流れで何を指し示しているかなど、深く考えずともわかる。
「…なんのことだよ」
それでも問い掛けてしまったのは、簡単には呑み込めない事実だったからかもしれない。
「私も、競売に賭けられたから…リッチモンド伯爵も、それは自白したんでしょ」
最初は雪のノア化で頭は埋め尽くされていたが、ティキ達から退き改めて助け出した雪の姿を見て、最初に神田の目に付いたのはその姿だった。
首を覆う火傷跡も酷いものだったが、裸同然の下着姿には目を疑った。
神田が助けに行く間に、彼女に何があったのか。
それをリッチモンドの口から知った時は、握った拳を目の前の脳天に叩き込みたくもなった。
それでも踏み止まったのは、そんな下衆な男より雪のことが気に掛かったからだ。
「でも…このことは、言わなかったんだね」
は、と熱のこもる吐息を零して。
「私の体にも、同じ幻覚剤がまだ残ってる。…だから、駄目なの」
神田の顔を映す雪の瞳が、潤い瞬く。
「ユウを傍に感じると、体が…熱く、なる、から」
まるで甘い誘いのようだった。
不謹慎だとわかってはいるのに、掴んだ手首から火照った熱を感じ取ると、神田の目は雪から逸らせなくなった。
「だから…これ以上、触れないで…」
その声一つも、潤んだ瞳の瞬き一つも、微かに震える仕草一つも。
彼女の全てを逃すまいと、五感が過敏に働く。
「手、放して…」
「………」
「お願い」
「………」
「黙ってないで───」
じっと雪を見つめたまま、不意に神田の手が伸びる。
さらりと指先で髪を梳けば、雪は反射的に肩を竦めた。
「ユ、ウ?」
「…きついのか」
「だから、そう言って…っん」
梳いた髪を耳へとかけ、その耳の縁をなぞる。
たったそれだけの刺激だけで、しかしその指先が神田のものということに、雪の体は寝静まっていた熱を呼び起こした。