My important place【D.Gray-man】
第48章 フェイク・ラバー
突然の音に驚いたのか、空気を壊されたからなのか。
触手の動きを止め、ずんぐりとした肉の塊に張り付く血走った一つ目玉がじろりと人影を睨んだ。
「っふー、やれやれ………ん?あ、流れ止めた?これは失敬」
くしゃみをした当人はそれを隠す様子もないらしい。
睨む視線を受けてか、謝罪を入れながら足音を鳴らす。
コツコツとリズミカルな音が、朧気な雪の耳に届いた。
「でもなんか寒くってさ、此処。ほら、その娘(こ)の格好も見てると余計寒く思えてきて。盛り上がりに欠けると言うか」
「…文句ナラ終ワッタ後二シテクレナイカ。気分ガ悪イ」
「俺も、そんなに良い気分じゃないんだ。奇遇だな」
薄暗い人影の中から現れたのは、長いシルクハットを被った一人の貴族男性だった。
180cm後半と思われる高い身長に、シルクハットの下から覗く癖のある黒髪。
黒いマスカレードマスクで隠した表情は読み取れないが、砕けた物言いとは相反し物腰も雰囲気も上品なものだ。
臆することも慌てることも罵倒することもなく、舞台の近くまで男は歩み寄ると、小刻みに震える雪へと目を向けた。
涙を零す銀色のマスカレードマスクをじっと見つめると、自身のマスクの下の瞳を細める。
「………」
「ナンダ君ハ。場ヲ弁エテクレナイカ。今ハ、私ト彼女ノ時間ダ」
「…そのことなんだけど。それ、」
白い布手袋をした男の長い指先が、指し示す。
「俺が競り落としてもいい?」
口元には微笑みを添えて。
男が所望したのは、触手に捕われた雪の姿だった。