My important place【D.Gray-man】
第47章 リヴァプールの婦人
「父の…私が、壊してしまったと思っていたものだから…凄く、嬉しいのに…凄く、哀しくて」
言葉にすれば実感する。
切っても切り離せない、言いようのない感情が溢れた。
「私は、あのイノセンスの…重荷にしかなっていない」
以前は目障りで仕方なかった。
痛みを与えてくるだけの重い枷でしかなかった。
しかし亡き父の一部だったと知るや否や、全ては変わった。
未だに教団に利用されていることが、傷付いた結晶体を更に傷付け拒絶することしかできないことが、二度とイノセンスに認めてはもらえないのだと明確にされた現実(こと)が。
胸の奥を擦り潰していくのだ。
「それが哀しくて…悔しい」
深く裂けた谷底に堕ちていくような哀しみと、熱く煮え滾るような怒り。
何処にもぶつけられないものが渦巻いて、雪の体の内を蝕んでいく。
ごぼ、と破裂するような音を立てて泥水が空気を吹いた。
ごぽり、ごぽり。
まるで沸騰するタールのように、真黒に濁った重い泥水が圧を吹き出していく。
雪の蝕まれる心の内側を現す濁った沼は、ティキの体にも染み込んでいくようだった。
「…っ」
何も感じなかったはずの泥水が、熱く刺すような刺激を肌に与えてくる。
ノアメモリーの"怒"を保持した雪の負の思いは、ノアの誰にも勝るもの。
重い泥沼から抜け出せなくなる前にと、ティキは両腕を目の前の俯く体へと伸ばした。
「雪」
褐色の腕は、ほぼ真黒に汚れたワンピースを抱き上げる。
纏わり付く泥沼から重い腰を上げ、些か強めに足を着けた宙に踏み出せば、どす黒く汚れた四肢を沼から引き上げることができた。
「お前の親父さん、本当にエクソシストだったんだな」
一歩一歩、見えない階段を登るかのように宙に上がっていくティキの体。
腕に抱いた雪の体も同様に、沼から引き離されていく。
離れゆく主を追うかのように、どろりと真黒な液体が無数の手を伸ばした。
人の手の形に酷使したそれが、幾重も幾重も雪へと引き伸びる。
まるで混沌の中に引き戻さんとするかのように。
そんな触手のような無数の黒い手を見下ろし、ティキは苦い笑みを浮かべた。
「そりゃしんどいわ」