第2章 アルスラーン戦記短編*ハロウィン
何故その人物が彼の口から出てくるのだろうか。
やや非難めいた言い回しに少しだけ不快になる。
以前銀仮面に捕まった時から、彼との─ヒルメスとの、妙な縁が始まったのは事実だが、話題に出した理由が分からなかったカナヤは少し考え、あの火傷の事かと納得する。
「…別に、火傷くらいどうということはないよ。どっちかというと性格に問題があるから、矯正しないとダメなんじゃないの、アイツ」
遠くを見て話すカナヤは、しかしその声色に嫌悪の色は見当たらない。
ナルサスはそれが気に入らなかった。
何故敵である彼とそうも通じ合おうとするのか、それもまた理解しがたかった。
「…カナヤ、お前は」
カナヤの腕を掴み、逃れ難いほどの眼差しで見つめられる。それは真剣そのもので、思わず息を呑んだ。
「痛いよ、ナルサス」
「すまん…だが、これだけは聞いておきたい。カナヤ、お前はどちらの味方なのだ?」
どちらとは、ヒルメスかアルスラーンかと言う事だろう。
「もちろん、アルスラーンだよ。じゃなきゃここにはいない」
至極真っ当だと言わんばかりにはっきり言われ、ナルサスはならば、と二の句を告げる。
「そうなら、銀仮面と通じ合うのは止めてもらいたい」
「それは、「できない、か?」っ……」
辛そうにまゆを寄せて俯いたカナヤの腕を引いて、己の胸におさめると、その手に握っていた筆がカランと落ちた。
抱きしめられたことを理解すると、一瞬驚くが、ふりほどく様子はなかった。
ナルサスからは暖かい匂いがして、カナヤの鼻孔を擽った。
「カナヤと銀仮面との間に某かの縁があるのかも知れないが、いつか私の元を離れてしまうのではと、気が気ではないのだ」
声が頼りなさげに震えている。
普段の彼からは想像出来ない弱々しい姿に、思わず手を背に回して抱きしめた。
「私はいなくならないし、ずっとここにいる。…ナルサスが寂しがるからね」
冗談めいた声色で、私から面白い話を聞き足りないでしょ、と付け足すと、いつものいたずらっぽい笑みで彼を見上げる。
(ああ、この感覚は言葉にはし難いが、どうすればカナヤに伝わるのだろう)
稀代の策略家にも上手くコントロール出来ないこの気持ちをどうしてくれよう。